第80話 ついていても九尾なのじゃ

「ゲェエエッ!! 加代さん!? なんでお前がここに!!」

「ここまで含めてドッキリ企画なのじゃ!! 桜よ、わらわはお主が浮気などせぬと信じておったのに――ええいこのスケベ者!! スケコマシ!!」


 ぺちりぺちりと手にした手錠が俺の頬を打つ。

 おもちゃの手錠だから、ぜんぜん痛くはないけれど、なんだろう、ものすんごい屈辱感は。


 いいじゃないか、俺、別にお前と結婚してる訳でもないのに。

 一緒に棲んではいるけれど、人間とペットの関係じゃないか。


 いや、うん。本当のところは、少しくらい後ろめたい気分はあったけどさ。


「まったく、まったくなのじゃから、まったく!!」

「すまん加代よ」

「加代【さん】なのじゃ!!」

「――加代さん。申し訳ございませんでした」


 俺の手に手錠をはめて、逮捕、と、意気込む陽気なお狐。

 今回ばかりはこの女にしてやられた。いや、俺の背中でガハハと馬鹿笑いしているライオン親父にというのが正解だろうか。


 ハニートラップなんて卑怯だ。しかし、すんでの所でこいつが飛び込んで来てくれたお陰で、俺もテレビに惨めな姿を晒さずにすんだ。


「いけないんだ、お兄さん。そんな可愛い良い人がいるのに、遊んじゃって」

「クワイちゃんちょっとからかわないでくれる。俺、今、猛烈に後悔しているところなんだから」

「のじゃ!! お前が泥棒ネコかのじゃ!! これはわらわのモノじゃから簡単に渡す訳には――」


 と、怒るのじゃ子の顔色が、ぴたりと止まる。

 青ざめる訳でも、赤熱する訳でもなく、きょとりとした顔をして、彼女はクワイちゃんを見ていた。

 と、そんなのじゃ子に対して、まったく変わらない表情のクワイちゃん。


「のじゃ、ハクではないか!! お主、こんな所で何をしておるのじゃ!!」

「久しぶり、お姉ちゃん。会いたかったよぉ」

「というかなんなのじゃその破廉恥な格好は!!」

「やだなぁ、お姉ちゃんも似たようなものじゃない」


 むぎゅりとのじゃ子にうらやまけしからん感じに抱きついたクワイちゃん。

 もとい、のじゃ子いわくハクちゃん。


 彼女はすりすりと、その白い頬をのじゃ子の明るめのほっぺたに擦り寄せると、あぁ、やっぱりお姉ちゃんだいい匂い、と、彼女の髪をかいだのだった。


 妹。

 のじゃ子に妹が居ただって。

 というか、そうすると、この子はもしかして。


「あれ? お兄さん、もしかして気がついてなかった?」


 加代から離れてこちらを振り返ったクワイちゃん。

 すぐさま、どろんと煙が彼女の背中に立ち込めたかと思うと、そこから、にょっきりと生えたのは四つの尾。

 そしてひこりひこりと可愛くうごめく、白くてふさふさした狐のお耳。


「じゃぁん。クワイちゃんあらためまして、天狐のハクちゃんです。よろしくぅ」


 よろしくぅ、って。

 おい、どういうことだよ。

 絶世の美女かと思ったら、それが狐ってどういうことだよ。

 そんでもってそれが同居人の妹さんって、それはいったいどういうことだよ。


 もう何がなんだか訳がわからん。

 飲みすぎたのかもしれんな、と、俺は残っていたジョッキのビアを一息に飲み干した。よし、大丈夫、加代の尻尾はちゃんと九本、見えてるぞ。


「びっくり、まさかの海外で家族とご対面。これが本当は撮りたかったのよ。いや、ごめんね加代ちゃん、それと桜くん」

「ちくしょう全部このおっさんの手のひらの上かよ」

「まぁ、びっくりはしたけれど――久しぶりにハクに会えて、わらわは嬉しいのじゃ」

「僕もだよ、お姉ちゃん」


 出しっぱなしの加代の尻尾にモフついて、満面の笑顔のハクちゃん。

 これだけで、彼女たちの姉妹仲が良好なのは見て取れる。


 しかし、こんな可愛らしい妹さんがいるなら――。


「どうせなら、俺、こっちの方に取り憑かれたかったなぁ」

「のじゃ!! またそんなことを言って!! 桜、お主と言うやつは、ほんにどうしてこう浮ついておるのじゃ!!」

「ふふっ、もう、ほんとお義兄さんったら、お姉ちゃんと仲良しなんだから」


 今ちょっと聞き捨てならない台詞を聞いた気がしないでもないが。

 とりあえずそれは置いておこう。


「お前もお前だよ。妹が居るなら早く言っておけよな」

「妹? 妹なんて、わらわにはおらんのじゃ」

「なに言ってんだよ、居るじゃねえか、目の前に、実の妹が――」


 にやり、と、ライオンディレクターとハクちゃんが、邪悪な顔をする。

 なんだろう、これ、と、思っていると、ハクちゃんが再び僕の手を握ってきた。


「ねぇ、お義兄さん。お姉ちゃんのこと許してあげて。お姉ちゃん、お義兄さんのことが好きで好きで好きすぎるから、つい、こんなことしちゃったんだから」

「えっ、あぁ、うん。しょうがないなぁ」

「おいちょっと桜よ。なんでそんなハクにはデレデレなのじゃ」

「それにね。もし、お姉ちゃんのことを裏切っちゃったって、心のどこかで気に病んでいるんだったら、それも要らない心配だよ」


 ゆっくりとハクちゃんは、俺の手を自分の身体へと誘う。

 その加代によく似たうっすらとした胸板。ドレスの胸元へと俺の指を入れると、ゆっくりとゆっくりと、それを自分の下半身へと――。


「ちょっ、ハクちゃん!? これは流石に!!」

「ふふっ、お義兄さんがお姉ちゃんの大切な人だったら、僕の好みなのになぁ」


「ちょっとのじゃ子、お前も止めろ!! お前の妹だろ、これ!!」

「だからぁ、わらわには妹はおらんと、さっきから言うておるじゃろうが――」


 ヘソの窪みを中指が撫でて、かさりと乾いた音がする。

 あぁそして、ついに触れてはいけない禁断のそれに俺の指先がと思った時。


 カッチンカッチン。


 そんな感じで、妙に握り覚えのある感触が、俺の手の中に現れた。

 そっともっとよく触ってみると、んん、と、なんだかハクちゃんがくすぐったそうな顔をする。

 ぷるりぷるりと、何が揺れているような音が聞こえた。


「僕ね、前にも尻尾、生えてるんだぁ。この国、こういうのに緩いから、大好き」

「この通り、ハクはわらわの弟なのじゃ――」

 

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