第79話 浮気はダメ、絶対なのじゃ!!

「いやぁ、こんないいところがプーケットにはあるんですね。知らなかったなぁ」

「だろう、いいところだろうプーケットは、桜くん」


 あへあへあへ。さっきから、男なのにアヘ顔が止まらないのぉ。んほぉおおお。


 両脇に美女、眼前にポールダンス、おいしいお酒を注いでもらいながら、俺は愉悦の声を漏らす。

 ここはプーケットの高級バー。外国人専門に、国内の綺麗どころの娘さんを集めた場所――とのことである。


 ここの常連というライオンディレクター。

 金にモノを言わせたか、それとも本当に心通ずる仲なのか、彼の隣にはそれはもう目が回るくらいのすんごい美女がはべっている。

 おっぱいばいんの、腰くねりの、肌つやつやの、脚むっちむっち。

 自分の語彙が足りなくて、その優美さを伝えられないのが口惜しい。


 まぁ、ドレスから溢れんばかりのおぱーいと、ちらりちらりとドレスのスリットからのぞかせる健康的な脚とでもいえば、健康な男子諸君は分かってくれるだろう。


「飲んでるかい、桜くん!!」

「はい、そりゃもう!!」

「揉んでるかい、桜くん!!」

「はい、そりゃもう!! さっきから止まりませんよ!!」


 何を揉んでいるかはご想像にお任せする。


 気かな? それとも「うまのふん」かな?


「ヤァン、モウ、オニイサンッタラ。サッキカラハゲシイヨー」

「でへへ、痛かった? 痛かった? ごめんねぇ、僕、こういうの久しぶりだから」

「ンモー、ショウガナイヒト」

「たはーっ、怒られちゃったよ、まいっちゃうなぁー」


 そんでまたここの女の子たちは日本人の扱い方を分かってるのよ。


 もうね!!


 最高だよね!!



 ビバ、プーケット!!


 飲んでいるのは、ビア!!


 なんちゃって!!


 正直、日本の高級バーだってこんな楽しいことはないんじゃないだろうか。

 行ったことないから正直なところ分からないけれど。


「お邪魔します。ご指名をいただいたクワイちゃんです」

「おぉ、きたきた。ほら、彼、彼の隣に座ってあげてクワイちゃん」


 そう言って、俺たちが座っているスペースにやって来たのは、息も凍るような絶世の美少女。

 まるで南国の娘というのが信じられないような、白い肌に、白い髪の毛。

 それに合わせてしつらえたような、純白、そしてまるで羽衣のように薄く軽やかなドレス。


 赤い瞳を中性的な顔の中に据えて、彼女はにっこりと微笑む。

 まさしく天女。


 惜しむらくはその胸が――あのアホ狐と同じくらいしかない、小ぶりなことだろうか。

 いやしかし。


「――どうかされました?」

「いやぁ、君があんまり綺麗だからもう、僕、みとれちゃってさ」

「あん、やだぁ、お客さん。不意打ちはやめてくださいよぉ」


 やんやんと言いながら、俺の胸板にやさしくその体重を預けてくるクワイちゃん。

 よいぞよいぞ。ふはは、その握れば折れちゃいそうな華奢な感じも含めて、俺好みだよ。


 いやしかし、よくこのディレクターは、俺の好みを知ってたな。こんな短い付き合いだというのに。


「それにしても、クワイちゃんてば日本語うまいねぇ」

「昔、ちょっとだけ留学してたことがあるんです」

「いやいや、ちょっとでもそこまで話せたら十分だよぉ。けど、留学って何勉強してたの?」

「――うぅん。そうだなぁ、男の人の喜ばせかた、とか?」

「ばっちりじゃん。それでこんなに俺は飲んでて気持ちがいいいんだナァ」


 イイコだろ、と、ライオンディレクターが髭を揺らす。

 最高っすよと答えると、その隙に、クワイちゃんがテーブルへと手を伸ばす。


 手にしたのはバナナ。それを丁寧に丁寧にむきむきすると、彼女はその端を咥えて俺の方へと向けた。

 これは、いったい。


「○ッキーゲームだよ」

「うえっ!? ば、バナナで!?」

「そうそう、向こうで覚えたんだけど、こっちには○ッキーがないだろう。だから、バナナで代用ってことさ」


 んん、と、目をつむって唇を突き出してくる、クワイちゃん。


 これは願ってもない楽しい遊びだけれども――いいのだろうか。

 ○ッキーだったなら、フレンチなチッスで済むだろうが、バナナだとそれじゃすまないぞ。

 それこそ、ディープな、それでいて、甘い、アダルトな感じになってしまう。


 んんん、と、三回、彼女が喉をならす。

 はやくして、という、ことだろう。


 目の前では俺の反応を眺めて、ライオンディレクターがビールをジョッキを傾けている。

 ちくしょう、いい酒の肴じゃないか。さてはこれのためにこの人、俺を呼んだな――。


「味なことしてくれるじゃないですか、ディレクターさん。いいんすよ、俺は、別に、やっても」

「いいのかい? 加代ちゃん、泣いちゃうよ?」

「アイツはね、ただの居候――腐れ縁ってだけで、別に俺はなぁんとも思っちゃいないんですよ。泣こうが喚こうがしったこっちゃねえです」


 どうせ、のじゃのじゃ、桜よ、お主はほんとうにひどいやつなのじゃ、と、ぷんすこするくらいだ。

 怖くねえんだよそんなこと。


 そりゃ長いこと二人屋根の下で暮らしてるから、家族程度に情は沸いているが――いるが――。


『のじゃ。桜よ、そなたが誰を好きになろうと、それはそなたの勝手。ただ、妾は少し悲しいのじゃぁ』


 のじゃぁ、のじゃぁ、と、頭の中に声が響く。


 ダメだ、随分と、俺は酔っぱらっているみたいだ。


「ほれ、手が止まってるよ、桜くん?」

「――っせ!! とにかく、あれと俺はなんでもないんですよ!!」


 今、その証拠を見せてやる。そう決意して、クワイちゃんの肩に手を回したその時だ。


「ちょーーっと、待ったぁ!! なのじゃぁっ!!」


 ばしんとテーブルに飛び乗って、のじゃり、現れたのはぽんこつ女。

 ブルーが映えるミニスカポリス――のコスプレをして、おまけに九本の尻尾と狐耳をふりふりとしたそいつは、幻聴でも幻覚でもなく、のじゃ子であった。


「のじゃっ!! いんたぁーぽーりゅよりやって来た、愛と勇気とミニスカの使者!! 不倫はゆるさんぜよ、加代さん刑事なのじゃ!!」

「――なんだよそれ」


 あっけにとられる俺の前で、手錠を掲げて加代が見得を切る。

 すると訳のわからん拍手がバーの中へと満ちたのだった。

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