第78話 夜の繁華街で九尾なのじゃ

「桜くんさ、せっかくだし、ちょっと夜のプーケットの街に遊びに出てみない?」


 二日目のダイスロールで6を出し、ちょっとリッチなホテルに泊まった俺と加代。

 シングルルーム、別々の部屋を取った俺のもとに、ひげもじゃのディレクターが突然やって来てそんなことを言った。


 他に撮影クルーは居ない。どうやら本当にプライベートなお誘いのようだ。

 まぁ、のじゃ子に黙ってビーチで遊んだり、女の子の居そうなところに行こうとは思っていたけれど。

 まさかディレクターさんからお誘いが来るとはなぁ。


 しかし、勝手のわからない海外の夜の街である。


「うぅん、正直、そういう気持ちがない訳ではないですけど、俺、遊び方がわかんないんですよね」

「桜くん、俺がどれだけこういう海外ロケやってると思ってるのさ。そりゃもう、プーケットなんて俺の庭みたいなもんさ」

「まじっすか」

「マジだよ。いい店もイイコも紹介しちゃうよ?」


 たてがみのように毛深い髭をもしゃもしゃと掻いて、頼りがいのある視線をこちらに向けるディレクター。

 間違いない、この人は自分の職業をこれでもかと利用して遊んでらっしゃるお方だ。


 そして俺は無駄に長い派遣社員生活で知っている。

 そういう人に連れて行ってもらう夜のお店ほど、楽しい所はないということを。


「お供しましょう!!」

「そうこなくっちゃ!! いや、君ならね、きっとそう言ってくれると信じていたよ!!」


 いつの間にそんなに俺はこのディレクターに信頼されていたのだろうか。

 まぁいい。


 誰も知らない夜の街に来て、遊ばない男がはたしているだろうか。

 いや、きっといない。

 旅の恥じは掻いて捨てるに限るのだ。


『――のじゃ。桜よ、浮気なんて、妾は悲しいのじゃ』


 一瞬、脳裏に加代の奴はどうするんだ、と、そういう言葉がよぎった。

 だがしかし、しょせん彼女はただの同居人。

 いや、そもそも人間ではないのだ。


 それに浮気は男の甲斐性だし、文化だし、大丈夫だよね。


「どうした桜くん。なんだか難しい顔してるじゃないか」

「いえいえ全然なんでもないです、ハハハ」


 いざゆかん、未知なる夜のプーケットの街へ、と、俺は加代の目を盗んでディレクターさんとこっそりとホテルを抜けたのだった。


====


【一方その頃】


「加代さーん、すみません、起きてますかぁ?」


 こつりこつりと控えめのノックが扉に響く。

 聞き覚えのある声に、ホテルの扉を開けると、そこにはハンディカムを手にしたアシスタントさんがおった。


「なんなのじゃ。加代さんもう、今日はくたくたなのじゃ。はよ寝て、明日、海で遊ぶのじゃ」

「いえ、実はこれから収録作業になります」

「のじゃ?」

「実はですね、うちのディレクターが、彼氏の桜さんを夜の街に連れ出しました」


 なんじゃって!?


 食事を終えて、シャワーも終えて、すっかりと寝る体勢に入っていた妾は、その言葉にいっきに目が覚めた思いだった。

 まさか桜が、妾を裏切ってそんなことをするなんて――。


 いや、あり得る。

 あやつはあれで結構すけべぇなところがあるからのう。


「まったく、妾というものがありながら、夜の街に繰り出すなんぞ、バカなことをしおってからに」

「それでですね、これ、じつはディレクターもこみの仕込み、ドッキリ企画でして」

「のじゃ。またそれはタチの悪い――」


 ハンディカムを持ってということは、妾に桜を尾行せよと、そういうことなのじゃろう。

 むぅ。


「お仕事とはいえ、あんまり気のりせんのう」

「あっちはノリノリで出てったそうですよ」

「仕方ない、ここはひとつ、妾があの助平をこらしめてやるとするかのう」

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