第76話 せくすぃビーチで九尾なのじゃ

「のじゃぁ、水上市場ではまたえらい目にあったのじゃ」

「いやぁ、まさか、あんな見事にひっくり返るとは――くくっ」

「のじゃぁっ!! 桜よ!! お主がやれといったのではないか!! まったく、えらい恥をかいたわ!!」


 ぷりぷりと、前を走るのじゃ子が頬を膨らませてそっぽを向く。


 プーケットへと向かう道の途上。

 灼熱の太陽を身に浴びながら、俺たちは次の目的地に向かって、道路をひたすらに南下していた。


「しかし喜べのじゃ子、次はプーケットだぞ!! 超々有名なリゾート地だ!!」

「のじゃ!!」

「青い海、白い砂浜、生い茂る山の青さに、にぎやかな人々の声――」

「まぶしい太陽、海の色みたいにトロピカルなドリンクを片手に、椅子に寝そべるビキニ姿の妾――」

「いやいや、お前、ビキニって、いやいや」

「のじゃのじゃ、妾のセクシーな姿を想像して心配になったかえ。安心せよ桜よ。心配せんでも、妾の心はお主だけの」


 いや、着れるビキニなんてねえだろう、お前のその胸的に、と、言おうとしたんだが。

 なんだかここで下手なことをいうと、悲惨な事故が起こりそうなので、やめておくことにしよう。


 なぜだか、俺の言葉にご機嫌になったのじゃ子が尻尾を振る。

 そんな彼女に続いて、カブは平地からなだらかな山道を登っていく。


「のじゃぁ。しかし、なんでタイの西側へ出るのかのう。シンガポールへ行くなら、このまま、南下するのでは?」

「タイの深南部は、今渡航中止勧告区域なんだとよ。一応、そこをよけてマレーシアに行けるそうだが、念のためにプーケットからは飛行機だそうだ」


 治安が悪いのでは仕方ないのう、と、ちっとも残念そうな顔をせず言うのじゃ子。

 俺も同じ気分だ。こればっかりは、不幸中の幸いという奴だろう。


 なんといっても東南アジアきってのリゾート地のプーケットである。

 出発点のビーチもなかなかに粒ぞろい、目の保養によい女性で満ちていたが、ここはそれ以上が期待できる。


「もしかしたらロマンスなんかもあるかもな。えへ、えへへ」

「桜よ? なんでそんな鼻の下が伸びておるのじゃ?」

「えっ、いや、気のせいだろ、お前の――」


 そういや、番組の設定上、こいつの彼氏ということに俺はなっているんだが。

 そんな状況で夜遊びなんてしたら、流石に怒られるだろうか。


 いや、怒られるよな。

 常識的に考えてダメだよな、そうだよな。


 しかし。


「せっかく狐娘につきそってこんな海外まで来てるんだ、少しくらい役得があってもいいよなぁ。うへ、あへ、あへあへ」

「――これは完全に、やらしいこと考えてる顔なのじゃ」


 桜、と、のじゃ子の怒鳴り声が横で響く。

 しかしながら、それでも消えない、俺の頭の中のビキニのおねーちゃんたち。


 エキゾチックな南国の乙女との一夜限りの甘い恋。

 くぅ、最高じゃないか。


「桜よ、やめておくのじゃ、お主のような奴は、せいぜい身ぐるみはがれてポイされるのがオチなのじゃ」

「安心しろよ、お前、だれかさんのおかげで、女狐の扱いには俺は慣れてんだよ」


 のじゃぁ、と、ため息を吐くのじゃ子を残して、俺はカブのエンジンをふかした。


 待ってろよ常夏のおねーちゃん。


「のじゃ。呆れた奴なのじゃぁ、ほんにしょうのないのう」

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