第74話 ちんちろりんで九尾なのじゃ
ワット・ポーで涅槃物の真似をしたり、石造の真似をしたりしているうちに、すっかりと時刻は夜。
そういや、宿ってどうなるんだ、と、スタッフに切り出した俺に、彼らはサイコロを取り出した。
まさかここまでパクリとは。
懸賞生活しろとか言い出さないだけまだマシだが、放送内容的に大丈夫なのだろうか。
「サイコロの出た目×ツ○ッターのいいねの数だけが今日の生活費になります」
「のじゃ、3以下で半額とかじゃなくってよかったのじゃ」
「しかしおまえ、1とか出したら悲惨だぞ」
ちなみに、今日一日で集まったいいねは1000とちょっと。
1000円相当か、それとも1000バーツかは知らないが、せめてもう少しくらいないと文明的な宿には泊まれない。
それこそさっき冗談で言っていたみたいに野宿するハメになる。
「のじゃ!! 6出してばっちり軍資金ゲットなのじゃ!!」
「頼んだぞのじゃ子!!」
どんぶりの中へとよいしょとサイコロを放り込むのじゃ子。
ちゃらりちゃらりと音を立てて、茶色い陶器の椀の中を転がったそれは、やがてどんぶりの底に制止する。
出た目は、なんと、やっぱり、『1』。
見事にお約束を裏切らない女である。
流石は女タレントだ。番組のことを無意識に考えているんだな。
まずは同行者のことを考えていただきたいものだが。
タイの夕闇に響く九尾の叫び声。うるさくってかなわんと、俺は頭を抱えてカメラに背中を向けた。
「のじゃぁ!! なんでなのじゃぁ!! ついてなさすぎなのじゃぁ!!」
「初日から野宿とか、ちょっと勘弁だなぁ」
「のじゃぁ、まぁ、日本と比べて暖かいから凍えることはないが」
「そういう問題でもないだろ」
絶望する俺とのじゃ子。
そんな俺たちを、いやいや、1000バーツあれば、そこそこのゲストハウスに入れますよ、と、スタッフが笑う。
そういうものなのか。相場が分からないから、正直なんとも言えない。
「まぁ、旅も序盤ですし、宿はこっちで適当にさがしますよ。交渉はお二人でしていただきますけど」
「のじゃぁ、けど、野宿の方が番組的に面白くならんかのう?」
「おい、お前、わざと1出してないだろうな、お前」
そんな訳ないのじゃ、全身全霊でサイコロ振って、これなのじゃ、と、のじゃ子。
どうだろうか。
お前はなんだかんだで笑いの神様に愛されているからなぁ。
「だいたいそれなら、最初から幻術使ってだまくらかすのじゃ!! いいがかりをつけるでない!!」
「それもそうだな」
「こういうのはなんでもガチンコでやるから視聴者も楽しいのじゃ。なに、大丈夫、軍資金が少なくても、イキテイケル――」
例えばあそこの、と、路地裏に目を光らせた獣娘を、俺はとっさにカメラから遮った。
路地裏のネズミかはたまた昆虫か。
そんなものを目にして、野生を取り戻したこの娘。
これを全国ネットで流してしまっては、こいつのタレント生命どころか、いろいろと問題になってしまうだろう。
「とにかく、お金がなくてもなんとでもなるのじゃ。心配するでない」
「いや、極力お金でなんとかしよう」
野生のお狐を目覚めさせて、放送事故にならないように、俺はできる限りの力を尽くそうと、そう決意したのだった。
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