第73話 ごろりおねんねで九尾なのじゃ

 さて、当面俺達が目指すのはシンガポール。

 最終目的地である香港に背中を向けて、まずは北西に向かって進んだ俺たちは、日暮れ前にタイの首都であるバンコクへとたどり着いたのだった。


「テレビ番組的に、観光もしないと面白くないのじゃ。桜よ、どこぞよいところはないかのう?」

「お前こっちの方の出身なんだろう、なんで知らないんだよ」

「のじゃぁ、千年前に日本に渡ったきり里帰りしてないから知らないのじゃ」


 ほれ、どこかよいとこないのか、と、並走しながら尋ねる狐。

 そんなことを聞かれても、俺もタイなど詳しくないのだ、聞かれても困る。


 空を見上げながら考えること数分。


「タイと言えばサ○ット」

「のじゃ? 誰なのじゃ、それはいったい」

「そしてサ○ットステージといえば涅槃仏」


 涅槃仏を見に行こう。

 というわけで、俺とのじゃ子はクルーに相談の上、金の涅槃仏があるワット・ポーへと向かうことになった。


 スタッフにナビゲートしてもらいつつ、見慣れない道を右折左折と繰り返して、どうにか目的の地へとたどり着いた俺たち。

 駐車場にカブを止めて、日本にあるちょっとしたテーマパーク並の広さのある寺院へと入ると、情緒を楽しむもへったくれもなく、さっそくまっしぐらに目的の涅槃仏へと向かった。


「のじゃぁ、凄いのじゃ、金ピカなのじゃ」

「いや、その前にでかさに驚けよ」


 横になって寝ている釈迦の像。日本だと座禅を組んでいる大仏なんかはよく観るが、こういう姿のはなかなかお目にかかれない。

 そしてこの眩しいくらいの金ピカも、だ。


「なんだか眼がちかちかしてきたのじゃ」

「ありがたさを表したいのは間違いないが、迷いないのが凄いよな」


 日本じゃ野ざらしにされて青錆びているのが大仏の大半だというのに。


「のじゃ、桜よ、足の指に指紋まで描いてあるのじゃ。細かいのう」

「ただ寝てるだけじゃ出せない神々しさもんだなぁ。まぁ、仏だけど」


 じっと、涅槃仏を眺めて何かを思うのじゃ子。


 この涅槃像を削って売ればとか考えているのだろうか。

 せこいことだなぁ。実にせこい。


「いやぁ、しかし、大変なのじゃ。こんな毛布も無く、肩まで出たような服で夜を過ごさなくてはならないとは」

「野宿してる訳じゃないからな」

「妾と同じできっとお仕事上手くいかなかったのじゃな。可哀想に」

「いってなかったらこんな金ピカ輝く身体してないっての」


 違った。

 この世界をお救いになられる救世主に、よく分からない同情を向けていただけだった。流石畜生、考えることが人間と違う。


 いやそもそも獣に仏のありがたさなど分かるはずがないか。


「のじゃ? 待てよ、もしかして、お酒を飲んで寝ているだけ」

「晩酌した後のお父さんでもないから」

「熟練代打要員のスライディングという線は」

「ねえよ。ありがたいもの使って大喜利するんじゃないっての」

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