第72話 ツイッ○ー旅で九尾なのじゃ

「つまり話を整理すると、旅企画でコメディアンを連れてきたは良いが、現地に到着して企画の趣旨を説明するなり出演を拒否、どうしようかなと思っていたところに、俺達がたまたま通りかかり――」

「こんなチャンスまたとない、と、二言三言でOKしたということなのじゃ!!」


 ことなのじゃ、じゃねえよ、と、俺は加代のヘルメットにチョップを食らわす。

 のじゃぁ、と、首を揺らしながらも、嬉しそうなアホギツネ。


 なにするのじゃぁ、と、俺にやり返すその挙動も、どこか生ぬるい。


 スタッフから渡されたライダースーツにほいほいと着替えて、すっかりとブラックオキツネと化した加代。

 そのにやけた面がどうにも気に入らなくて、俺はもう一度彼女の頭をどついた。


 前略、母上様。

 飛行機が墜落して、海賊に拉致られ、見知らぬビーチにたどり着いた僕ですが、今度はいつの間にかカブにまたがっております。


 これから、後ろのワゴンのスタッフに見守られて、ここタイのパタヤビーチから海岸沿いに東南アジアを巡って最後に香港へ向かうという、今時深夜番組で需要があるのだろうかという企画にチャレンジすることになりました。


 視聴率よりも僕は治安の方が心配でなりません。


「これで妾も全国区、オキツネランドの有吉○行、大泉○なのじゃぁ。にょほほほ」

「加代くん、僕はねえ、どうかと思うよ、そんな安逸に仕事を引き受けるのは」

「のじゃのじゃ、何を心配することがあるのじゃ」

「心配することしかないんだけれど」


 日本一周やヨーロッパを巡る旅ならまだしも、東南アジアってどうなんだよ。

 スワンで旅する企画はあったけれど、あの頃から日本国民とBPOは随分と、こういう番組にうるさくなりましたよ?


「というかそもそも路銀はどうするんだよ。数泊するくらいの手持ちはあるけれども、正直、縦断旅行するほどの金なんて持ってないぞ」

「のじゃのじゃ、そこはほれ、今流行りの視聴者参加企画と言うやつでな」


 ごそりごそりと、ライダースーツの胸ポケットをいじるのじゃ子。

 本来つまっていなくてはいけないものがないだけに、色々とよく入りそうなそこから、彼女はスマホを取り出すと、その画面を付けて俺の方に向けた。


 表示されているのは、皆大好き、幸せと情報を運ぶ青い小鳥のアプリ。


「これで旅の状況をつぶやいて、一日で集まったふぁぼの数だけ、スタッフからお金がもらえるというシステムなのじゃ」

「うわぁ、どこかで聞いたことがあるシステム」

「皆、頑張ってふぁぼして欲しいのじゃ~。よろしくなのじゃ~」


 カメラに向かって唐突にアピールする加代。

 なんだかんだでマルチタレント、笑えない状況だというのに順応が早いこと。


 俺も長らくツイッターはやっているが、そんな簡単にいいねされるもんでもない。そこに加えて、このアホ狐の知名度も微妙である。


 ――あらためて、不安しかない。

 こんなので本当に無事に日本に帰れるのだろうか。


「帰りたい。できることなら俺だけでも、今すぐに」

「のじゃ。女の子一人でアジア旅とか危険なのじゃ」

「男女二人でもそんな変わりねえって」


「なんじゃさっきからうじうじと、男らしくないのう。途中のマカオで、ち○ちんもうひとつ付けてもらってきたらどうなのじゃ」

「お前はその尻の尻尾全部抜いて貰え」


 はい、それじゃそろそろ出発するよ、と、スタッフさんの声がする。


 十五の夜じゃないけれど、このままバイクをかっぱらって、空港まで行ってしまえばいいのではないだろうか。

 確かに勢いで出演を承諾してしまったが、素人の俺がこんなものに付き合う必要なぞないだろう。空港まで行けば、こいつら以外にも日本語の分かる人など――。


「のじゃ、桜よ。頼むのじゃぁ」


 しかしながら、のじゃ子が切ない顔を俺に向けている。

 同居人のこんな切ない顔を見せられてしまっては、心も迷うというものだろう。


 そうだよな。


 長らく人間に紛れて辛いアルバイト生活をしていたのも、クビになってもめげずに次の仕事を探していたのも、全ては芸能人として名を成すため。

 本当に迷惑な偶然には違いないが、これはこの不器用なのじゃ子がやっとのことで掴んでみせた、女神の前髪なのだ。


「しょうがねぇな」


 俺はカブのキーを回すと、のじゃ子の隣に並ぶ。


「お前、出身はこっちの方なんだろ。道案内は頼むぞ」

「のじゃぁっ!! 桜ぁっ!!」


 エンジンをふかしているというのに、遠慮なく俺に抱きつくのじゃ子。

 撮影中、スタッフも見ているというのに、しょうのないやつである。


 こりゃ、男性層の人気はあまり期待できないかもな。

 そんなことを思いながら、俺はのじゃ子を引き離すと、眩しく輝く海を横目に走り出したのだった。

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