第70話 お狐ビーチへようこそで九尾なのじゃ

 前略母上様。

 海賊に拉致され、どこぞのお狐のように会社をクビになった僕です。


 どうしたことか僕と加代は今、見知らぬ街の港におろされ、海賊たちに手を振って別れを惜しんでいる最中です。


 俺から身代金が取れないとわかるや、手の平を返したようにやさしくなった彼ら。

 貧乏人どうし、つらい境遇に同情してくれたのでしょう。

 何も言わず、海賊たちはぼくとのじゃ子を近くの港まで運んでくれました。

 それどころか、現地通貨をいくつかカンパまでしてくれたのだから驚きです。


 思えばビチクソビチクソうるさい奴らでしたが、根は良い奴らでした。

 これから辛いだろうけど、頑張って生きていけよと、肩をたたいて励ましてくれた彼ら。

 海を見るたび彼らのビチクソビチクソうるさい様子を、僕はこれから思い出すことでしょう。


 ほんと、ここが見知らぬ港でなかったら。

 彼らに文句があるとすれば、それだけでしょう。


「のじゃ、まさかお金が下りないとわかるや、すんなりおろしてくれるとは思わなかったのじゃ」

「おろしてくれたはいいけれど、ここ、いったいどこなんだよ――」


 かくして海賊たちから解放された僕たちは、東南アジアのどこかの港へとたどり着いた。


 πのバリエーションのような文字がちりばめられた看板に、やたらと陽気な肌をした人々。

 エスニックを感じさせる顔つきは、赤道に近い位置まで降りてきたことを嫌でも実感させてくれる。


 当初の訪問予定である上海は、きっと随分離れてしまったことだろう。


「分からん。ここはインドか、それともエジプトか」

「エジプトだったら、もう第三部完になってしまうのじゃ。ア○ドゥルも花○院も死んでないのに、終わっちゃダメなのじゃ」

「イ○ーのことも忘れないであげてくれよ」


 そんなジョジョ談議に花を咲かせている場合ではない。


 なんと言っても俺たちは遭難してしまっているのだ。会社は身代金を断ったが、きっと日本では大騒ぎ、連日俺の顔がお茶の間で流れていることだろう。

 街で見知らぬ子供に指を向けられるほどに顔を覚えられる前に帰らなくてはならない。


「大使館、あるいは国際電話が使えるところ。せめて、書いてある文章だけでも分かれば」

「ほんやくあぶりゃげは音声翻訳はできても、文字は翻訳できんからのう」

「翻訳も結構怪しかったけどな――」


 と、あてどなく彷徨っていれば、そのうち俺たちは港から、心を奪われるような白浜のビーチへとたどり着いた。


 パラソルの下でサングラスをかけて眠っているのは、現地人ではないと思われる姿の人々。

 セレブリティな香りただようそこが、日本の海水浴場とは一線を画す場所だというのはなんとなく俺にも察せられた。


「なんかえらいビーチに出たのじゃ」

「おぉ、立派な観光地じゃないか。ここなら日本人居るんじゃないの――」


 なんてことを言っていた前で、パツ金ボインの姉ちゃんが俺の前を通り過ぎた。

 ふわりと柔らかそうなウェーブかかった髪を黒いゴムで縛りあげて、アメリカンな配色のビキニを着けた彼女は、すれ違いざま俺にウィンクする。


 たぷりたぷりと揺れるその胸につられて、俺の心臓が高鳴った。


 母さん、僕、遭難してよかったよ。


「なにデレデレしてるのじゃ!! 桜よ!! もちっと危機感を持たぬか!!」

「いやだってお前、あんなパツ金の美人さん、めったに日本じゃお目にかかれないぜ」

「なに言っとるのじゃ、お主の傍に、金髪の美人ならいつもおるではないか――」


 え、何が?

 いたっけそんなの。


 金毛のあほあほ狐なら心当たりはあるけれど、そんな女っ気、俺の日常にはないんだけれども。

 なんのことだ。まったく、これだからお狐さまはときどきよくわからん。


「のじゃ。こいつ、本気で分からんという顔しておるのじゃぁ」

「そんな奴いるならすぐ気づくと思うんだけれどなぁ」

「ほ、ほれ、ここ、ここにおるであろう。ほれ」


 くねりくねりと、なぜだか腰をくねらせて奇妙なポーズをとる貧乳狐。


 何がしたいのか知らないが、ない乳でそんなポーズをとったところでむなしくなるだけである。


「お前の方こそリゾートビーチだからって、はしゃぎすぎなんじゃないか?」

「はしゃいでないのじゃ!!」

「どうでもいいけど、胸もないのにそんなポーズしても、痛々しいだけだぞ」

「のじゃぁ――」


 もういいのじゃ、と、なぜだかいじけてその場に座り込むのじゃ狐であった。

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