第69話 レッドはくしょん九尾なのじゃ

 前略おふくろさま。


 仕事で海外旅行に出かけた俺ですが、例によってアホな同居人――もとい同居九尾についてこられたのが運の尽き。

 飛行機は墜落、南シナ海に沈没、救命ボートで脱出、今海賊に拘束、と、頭の悪いラップみたいな状況に陥っております。


 助けてください。


 誰か、助けてください。


「のじゃ。なかなかいかした格好の漁師さんたちじゃのう。まさに海の男」

「男らし過ぎるだろ。ていうか、いい加減気づいて頼むから、命の危機に」

「なんじゃ桜、そんな青い顔をして。せっかく命が助かったというに」

「助かってない。少しだって助かってないぞ」


 銃を握りしめてぎゃあぎゃあと言い合っている男たち。

 まったく聞き覚えのない言語なので、何を言っているのかわからないが、おそらく俺の身代金の取り分でも相談しているのだろう。

 仲間同士だというのにえらい剣幕だ。


 これがこれから俺の方に向くのかと思うと。正直ぞっとしない。


「今から海に飛び込んで逃げようか」

「いやいや、何言っとるのじゃ。ここらへんさっきから鮫がうようよしてるのじゃ。入ったらすぐに喰われちゃうのじゃ」


 マジかよ、さっきまで救命ボートで浮いてたじゃないかよ。


 まぁ、海に飛び込んだとしても、すぐに銃で撃たれて死ぬのがオチだろう。

 どうする俺。

 どうやって助かる。


「のじゃ、しかし、本当に何を言っとるか分からんのう。どれ、これを使うか」

「これを使うって、お前なんだよ。翻訳機でも持ってるのか」

「にょほほ。持っとるのじゃ。ほれ――」


 ほんやくあぶりゃげ~♪


 三十代には懐かしい声色を真似て、のじゃ子は懐から油揚げを取り出した。

 いいのかそのネーミング。

 というか、なんでも油揚げなんだな、おい。


「これを食べると現地人の言葉が分かるようになるのじゃ」

「わぁ、なんてすこし不思議なアイテムなんだろう。素敵」

「のじゃのじゃ、ほれ、桜も半分食べるのじゃ」


 もぐりもぐりと咀嚼する。

 どうだろう、しばらくすると、俺の耳に海賊たちの怒号の内容が聞こえるようになってきた。


『だからぁっ!! さっきから何度も言ってるだろ!! あ○りちゃんが正ヒロインだって!! 幼馴染が大正義なんだよ!!』

『ばか言ってんじゃねいよ!! ヒロインはマ○チだろうが!! お前、メイドロボット舐めてんの!? あれがあるから、今のロボ耳萌えがあるのよ!!』

『馬鹿野郎!! 最萌はエディ○ェル――楓ちゃんだろ!!』

『ハ○ネチャーン!!』


「なんだろう、翻訳されているはずなのに、ちっとも分かる気がしないのは」

「――のじゃぁ。同じく」


『静まれぇ!! 静まれ、静まりやがれ、このビチグソ野郎ども!!』


 そんな喧騒を止めたのは、最初に俺たちに接触してきた例のガタイの良い男。


 手にはなんとも不釣り合いな携帯電話。

 連絡用にと俺が会社から渡されたものだ。船に載せられてすぐ、ポケットの中を荒らされて、奪い取られたのだ。


『いいか、この○ァッキンホットなビチグソども!! 匂い立つクソども!!』

「さっきから下品すぎるのじゃ」

「お前のほんやくなんちゃらが不完全なだけじゃねえの?」

『さっきこいつらの会社に連絡がとれた。身代金の要求だが――』


 いよいよ、漫画みたいな展開になってきやがった。

 

 そう漫画みたいな展開に。


 ――あの漫画の筋書きだと、このあと俺、死んだことにされるんだよな。


「とほほ。ここ、水夫募集してるかなぁ」

「任せるのじゃ。加代さんヴェネツィアでゴンドラ漕ぎしたかったのじゃ」

「お前の希望なんて聞いとらんし、これ以上いろいろ混ぜるな」


『海賊に捕まるような奴はクビだ、懲戒免職だ、今から我が社とはなんの関係もない、そう言われて電話を切られちまった!! しかも着拒だとよ○ァック!!』

「うぉい!! クビて!! おい!!」

「のじゃ、ブラックなのは礁湖ラグーンじゃなくって、お主の会社だったのじゃ」

「せめて捜索願いくらいだしてよ!! ちょっと、おい、課長、部長ぉおっ!!」


 母さん。

 海外出張先で海賊につかまることもあれば、職を失うこともあるんですね。

 俺はそんな漫画より酷い仕打ちがあるなんて知りませんでしたよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る