第67話 アテンションプリーズで九尾なのじゃ
海外旅行に行きたいのじゃと、行きたいのじゃとぐずるアホ狐。
そんなやりとりをした休日あけ、俺はなぜだか午後発の国際便の席に座っていた。
実は、現地の旧正月に合わせて、海外向けのソフトウェアを納入したのだが、その立ち上げにどうにも現地法人のサポートスタッフが戸惑っているらしいのだ。
で、開発者の中で一番小回りの利く、もとい、一番仕様を理解している俺が、助っ人として急きょ呼ばれたのだ。
おかしいだろう。
こういうの普通本社の人間が行くもんなんじゃないのか。
なんで派遣の俺が一番よく仕様を理解してんだよ。仕様考えてるの上の奴らじゃねえか。まぁ、つかえねえから、だいたいダメ出しして直してるのは認めるけど。
「別に俺が行かんでもいい仕事だし。いい機会なんだから現場と話して潜在的な要求吸いだそうとかそういうの思わんのかね――」
愚痴を言っても仕方はない。
そして金はそれなりに出してもらえるので、悪い話ではない。
しかし、面倒くさいものは面倒くさい。
「あっち行ってどうするかな。俺、まともに英語なんてしゃべれんというのに」
そして、万が一を考えてとパスポートは取っていたが、実はこれが初海外旅行である。せめて同僚が同行してくれれば心強いのであるが――。
考えれば考えるほど憂鬱になる。
やめだやめだ、と、俺は思考を放棄して、リクライニングに背中を預けた。
寝よう。どうせ現地についてからも休む暇などないのだ。
「はよ帰ってこたつでゆっくりしたい。あぁ、やだやだ、これだからサラリーマンは嫌なんだよ」
知り合いもいないので盛大に弱音を吐いた俺。
と、そんなところに、のっそりと、キャビンアテンダントさんが通りかかった。
そうかそろそろ機内食の時間か。
「フィッシュ、オア、チキン、オア、フォックスなのじゃ?」
「フィッシュ――って、うん? フォックスってなんだよ!!」
それでなくても聞き覚えのある声。
まさか、そんな。
この出張が決まったのを伝えたのは、二日前だというのに、嘘だろう。
「のじゃのじゃ。一人だけ、会社のお金で海外旅行。バカンスとは良いご身分なのじゃのう、桜よ」
「――なんでお前がここにいるんだよ!!」
紺色のスチュワーデス姿に、黄色い髪の毛がアンマッチ、というかちかちかして見ていて辛い。そこに立っているのは、俺のよく知るお狐さま。
どこから出てきた、どうして出てきた、どうやって出てきた、加代さんが、にんまりと俺の顔をのぞき込んでいた。
「知れたこと、妾の就職能力を侮るでないわ。スチュワーデスさんの採用試験に合格することなど、妾の手にかかれば朝飯前なのじゃ」
「マジかよ、お前、そこまでするかね」
飛行機に酔ってしまったのだろうか。
それとも気圧の変化に耐えれなくなったのだろうか。
いやきっと、現実のしょうもなさに、正視に耐えなくなったのだろう。
俺は頭を抱えてその場に膝を抱えた。
海外出張くらい一人で行かせてくれい。
「のじゃ、よかったのう桜。これで向こうで寂しい思いをせんですむぞ。なにせ加代さん、英検三級の腕前なグローバルお狐様なのじゃ」
「うわぁい中学生レベル」
「向こうについたら観光するのじゃ。おいしいもの食べてまわるのじゃ」
結局こうなるのか。
まぁ、出張が決まってそわりそわりとしている彼女の姿から、なんとなく想像はしていたのだ。こいつのこういう訳のわからん行動力だけは本物だからな。
しかし、頼むから墜落とかそういうトラブルだけはしてくれるなよ。
いつものおポンチでいらんトラブル起こされては、こちらも仕事で向こうへ行くのだ、たまったものではない。
「のじゃ。心配せんでも、妾、今回は大人しくしてるのじゃ」
「今回だけじゃなく毎回大人しくしてくれないものですかね」
「しかしのう、一つだけ問題があってな」
問題。いったいなんだよ、と、言った矢先。
機内につんざくような女性の叫び声が聞こえた。
そう、まるでパニック映画、あるいは、ホラー映画のような、叫び声が。
「なに、あれ!?」
「うわっ、巨大な男の顔が、こちらをのぞき込んでる!!」
「ば、化け物ぉおおっ!!」
「のじゃ、九尾の性かのう、妾の霊力にあてられて、天空に棲んでいる妖怪を呼び寄せてしまったわ」
「誰か!! この中に獣○槍を持った少年はいらっしゃいませんか!!」
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