第66話 海外旅行で九尾なのじゃ
「のじゃぁ、芸能人はええのう。お正月にハワイじゃと。妾たちは、おこたから一歩も出られんというのに」
「おこた最高じゃないかよ。何の文句があるって言うんだ」
三が日も終わってはじめての週末。
こたつに入ってのんびりとニュース番組を見ていた俺と加代。
芸能人がやれバカンスから帰ってきたという、至極どうでもよいニュースに、加代はどうにも不満そうにその九つの尻尾を振った。
「のじゃぁ、妾も海外旅行とか行ってみたいのじゃ。よーりょっぴゃ、とか、言ってみたいのじゃ」
「言えてないぞ」
「桜よ、お主はどうなのじゃ? 海外旅行に行きたくないのかえ?」
全然。
俺は首を横に全力で振ってやると、絶望するのじゃ子を眺めながら茶をすすった。
海外旅行だろうと国内旅行だろうとノーサンキューだ。
何が楽しくって、休日にぶらりぶらりと歩き回らなくてはいけないのだろう。
近所のスーパーに行くのだってしんどいのだ。そんなのは願い下げである。
「だいたいだな、海外に行って見たいものとかあるのかよ。油揚げがあれば人生ハッピーみたいな性格してるくせに」
「のじゃ!! 失礼な!! 妾だってのう、そりゃ、歴史的建造物とか、現代美術とか、あとはそう、景勝地とか色々見たいものはあるのじゃ!!」
「ほほう、たとえば、どこの、なに?」
のじゃ、が伸びる。
じゃぁ言われて言葉につまった加代であった。
口にしてみたはいいが、具体的なものは特になかったのだろう。やはり、思いつきでものを言っていたか、という呆れをこめて俺は溜息を吐いた。
「のじゃぁ。行きたいのじゃ、行きたいのじゃぁ。海外行きたいのじゃぁ」
「無理言うんじゃねえよ。俺とお前の稼ぎで、海外なんてそうそう行けるもんじゃないっての」
「それでも一生に一度くらいは行ってみたいのじゃぁ」
「お前もともとインドから渡ってきたんじゃないのかよ――」
というか、その時はどうやって来たんだ、と、いまさらなことに気がつく。
中国からインドならば、まぁ、陸続きなので歩いていけるという気もするが、日本に来るとなると海を渡らなければならない。
飛んできたのだろうか。
いや、そんな神通力があれば、こんなところで駄々はこねないな。
ひとしきりごねきって飽きたのか、のじゃぁ、と、顔をあげる加代。
昔のことを思い出しているのだろう、眉間に皺を寄せてうめき声を上げだした。
「確か、船に乗ってやって来たのは間違いないのじゃ」
「だったらお前、また、船に乗せてもらえばいいじゃないか」
「船旅は狭くて暗くて怖いからもう嫌なのじゃ」
「密航かよ」
「なにより時間がかかり過ぎるのじゃ」
ピューっと飛行機でさっと行って帰って来たいのじゃ、と、のじゃ娘。
どうして別に旅なんだから、ゆっくりすればいいだろう、と言うと、じっとこっちの顔を見た。
「のじゃ、桜よ、お主には仕事があるであろう。有給くらい取れるとして、一ヶ月二ヶ月も休めんじゃろうて」
「なんで俺が行く前提で話が組まれてるんだよ」
「行くであろう!! 一人で海外旅行なんてしてもつまらないのじゃ!!」
二人でもそう変わらないよ。
俺は溜息をコタツ机に浴びせかけると、空になった俺とのじゃ娘の湯飲みを持って立ち上がった。
「しかたないのう。これは、新コン旅行まで海外はお預けかのう。狐だけに」
「うっさい、俺とお前が結婚する前提で話をすすめるな、このアホ狐」
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