第65話 寝正月で九尾なのじゃ
「おまえ、三が日は郵便局でアルバイトじゃなかったのか?」
「もう終わったのじゃ、桜が起きてくるのが遅いのじゃ」
めでたいめでたい正月。
もっそりと布団の中で目を覚ました俺は、台所に立っている加代の背中姿を見ながら、ぼんやりとした心地でそんなことを聞いた。
ふぅん、そうか、と、返事をしてあくびを噛み殺しながら布団の中から出る。
すっかりと冷え切った空気に震える肌をこすり合わせて、俺は加代の隣に立つと、何をしているのかのぞき込んだ。
赤いどてらを着込んで、九つの尻尾をふりふりと。
めでたいめでたい正月の朝に鼻歌を奏でながら、ご機嫌九尾は鍋を煮込んでいた。
茶色い液体に、ひたひたと浸かっている白菜、人参、ゴボウ、しいたけ。
そして油揚げとお餅。
食欲をそそるよい香りを放つそれは、お正月の定番料理だ。
「お雑煮か。なんだよお前、ちゃんとした料理もつくれるんだな」
「のじゃ。当たり前なのじゃ。妾、ちゃんと調理師免許持ってるのじゃ」
そういや料理屋とかで何度か顔を合わせたきがするな。
だったらもっと、普段から飯なりなんなり作ってくれればいいのに――なんて悪態をつこうと思ったが、さすがに元旦からそんな煩わしいことを言う気にもなれない。
俺はそっと台所を後にすると、俺が寝ていた布団をたたむ。
代わりにこたつをセッティングすると、電源を入れてその中に足を突っ込んだ。
「おう、はよしてくれ。寒くてかなわん」
「のじゃ!! ひとが寒い中、せっかく料理しとるというのに、自分だけ暖をとりおって!!」
「その言葉、普段のお前にそっくりそのまま返してやるぜ」
土日祝日関係なく、俺が朝早くに出社するというのに、ごろりごろりと寝呆けている奴に、とやかく言われる筋合いはない。
「仕方のない奴なのじゃ。新年早々ほんにろくでもない」
「はいはい、いいんだよ、お前、年末年始くらいこれくらいろくでもなくって」
普段使いのお椀に、鍋の中のそれを注いで、加代はふたつのお椀、それと箸を四本持ってこたつへとやって来た。
俺の正面になんのためらいもなく座ると、ほれ、と、お椀を俺に差し出す。
ひんやりとした彼女のつま先が俺の足に触れた。
「おう、うまそうじゃねえか」
「当然なのじゃ。妾の飲食店系のアルバイト歴をなめるでないぞ」
「いやどうなんだよそれ――ねずみ肉とか入ってないだろうな」
「入っとるわけなかろう!! まったく、失礼な奴なのじゃ!!」
湯気のたつそれを手に取って息を吹きかける。
鼻にここちよい出汁の臭いが煙と舞って、唾液が口内に満ちるのを感じながら、俺は箸を手に握った。
すると、おほんと、咳払いと共に、俺の足が蹴られる。
じとりと何か言いたげにこちらを見ている九尾。
「どうしたんだよ、そんな顔して」
「ほれ、食べる前になんぞ言うことあるであろう」
「言うこと?」
この寒いのに、改まってこたつの中から足を出した狐。
それから彼女はゆっくりとお辞儀をすると――。
「あけましておめでとうございます。本年もどうぞうよろしくおねがいいたします。なのじゃ!!」
と、律儀に新年のあいさつをしてきた。
「何事も、はじめが肝心。新年のあいさつは大切なのじゃ」
「流石に古い人は言うことが違うね――もぐもぐ」
「のじゃぁあああっ!! こら、なに勝手に食べてるのじゃ!! ちゃんと挨拶してから、加代さんに新年のあいさつしてから食べるのじゃ!!」
気にせず雑煮を口にした俺につっかかってくるのじゃ娘。
まったく、うるさい奴め。それこそ新年なのだから、そのあたり無礼講で構わんだろうに。
「はいはい、おめでとさん、ありがとさん、よろしくさん」
「なんなのじゃその心のこもってない挨拶は!! 酷いのじゃ!! 加代さんのこと大切におもってないのじゃ!!」
「大切に思ってなかったら、こんな一緒にいないっての!!」
「新年初笑いみたいな返しはいらんのじゃ!!」
新年初のじゃのじゃ拳を繰り出す加代をしり目に、俺は雑煮をすすった。
なかなか、流石に板前やってただけあって、のじゃ娘の雑煮は旨い。
まぁ、別にそんな挨拶しなくっても、よろしくするっての。
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