第62話 お散歩日和で九尾なのじゃ

「いい陽気なのじゃ。たまには散歩というのもええのう」

「散歩っていうか、お前がピザお持ち帰りにしたからだろう」

「お持ち帰りでピザ一枚無料になるのじゃ。持ち帰らん手がなかろう」


 二人暮らしでそんなに食べれるかよ。

 食いしん坊狐のきままに付き合わされる身にもなれ。


 春の陽気がうららかな休日の午後。

 飯を作る気にもなれず。かてて、どこかに食いに行く気分でもない俺は、携帯電話でピザを注文しようとした。


 しようとしたところを、このいやしんぼ狐に見つけられた。

 俺よりピザ屋の情報に詳しいのは、かつて彼女も仕事をしたことがあるからだろう。お持ち帰りなら一枚タダになるのじゃと、彼女は強引に持ち帰りでオーダーを出したのだった。


 と言うわけでまぁ、歩いて十五分の距離にあるピザ屋に、ピザを取りにいきがてら、二人してお散歩という塩梅の俺たちである。

 人気がない田んぼのあぜ道だからといって、油断したあほ狐は、さっきから尻尾をふりふり、耳をぴこぴこご機嫌で歩いている。


「ほれ、向こうからおばあちゃん歩いてくるぞ。尻尾かくせ」


 のじゃのじゃ、と、慌てて尻尾を隠す加代。

 急いでジーズンの中に尻尾を隠し、帽子の中に耳を押し込むと、こんにちはなのじゃとおばあちゃんに挨拶をした。


 あら、こんにちは、と、ゆっくりとした会釈を返して、俺たちの横を通り過ぎる老婆。夫婦揃って仲良く散歩かい、羨ましいねと、爆弾発言だけ残して、彼女は俺たちが来たほうへと歩いていった。


「だから違うってのに、なぁ、加代さんや」


「のじゃ!! 見るがよい桜よ、あんなところにつくしがいっぱい生えておる!!」


 聞いちゃいないという感じに、あぜ道から伸びる水路の方へと駆けていく加代。

 確かにその先には、もっさりと生えたつくし。


 聞いたこっちが恥ずかしくなる。

 俺は頬の熱を春の陽気のせいにして、顔色が加代に見えないように俯いた。


「のじゃのじゃ。佃煮にするかのう、てんぷらにするかのう」

「ピザ食おうってのに、まだ食うこと考えてるのかよ」


 流石に野生児、たくましいね。


「ほれ、摘んでいくんならこれに入れろ」


 たまたま持っていたビニール袋を彼女に差し出す。

 用意がよいのうと感心してから、加代はそこにせっせとつくしを詰め込んだ。


 やれやれ。

 まぁ、料理するのはこいつだからよいか。


「いやしかし、田んぼが近くにあるというのはいいのう。春はつくし、夏はかえる、秋はいなご、冬は雪と、食い物に困らんからのう」

「よし。分かった。お前は今後俺の家の台所に立つことを禁ずる――」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る