第60話 稲荷神社で九尾なのじゃ

『中継つながってますか? はい、ここ伏見稲荷大社では、稲荷祭りを迎えて大勢の観光客で賑わっております!!』


「のじゃ、稲荷神社か。久しく遊びにいっとらんのう」

「なんだよお前、実家か何かか」

「妾の実家は天竺なのじゃ。あそこは言うたら、別荘みたいな所なのじゃ」


 日本きっての霊山を別荘呼ばわりとは、ハイソな九尾さまだこと。


 話半分に聞きながら、俺はせんべいの袋を持って九尾の横へと寝転がった。

 妾にも一つ、と、伸ばした手に、一枚取り出して与えてやる。


「全国各地から、いろんな狐が集まってくるのじゃ。大きいのから、小さいの。それで、あの山で皆修行して、また、全国へ散っていくのじゃ」

「別荘ちゃうんかい」

「まぁ、正直、寝て食べてしてるだけで、自然と霊力が高まるというか」

「ここに居らんと別荘に行ったほうがいいんでないかい、お前」


 のじゃふっふっふ、と、笑うアホ九尾。

 もふりと煙をたいて出したのは、自慢の九つの尻尾である。


 ふりふりと、俺に向かって振っているのは、いったいどういうつもりか。


「見ての通り、妾は既に九つの尾を持っておる、狐を極めし者なのじゃ。これ以上、稲荷神社で修行したとて、尻尾も増えぬし功徳も増えぬのじゃ」

「なんだよ、カンストしてその知能レベルなのか。所詮は狐だな」

「そのレベルとはなんなのじゃ!!」


 俺からせんべいの袋を奪った加代。

 やけくそとばかりにそこからわしづかみにしてせんべいを取り出すと、もしゃりもしゃりと口の中へと次々に放り込んでいく。


 当然。


「こぁっ!? けほっ、ごほっ、のじゃ――さ、桜、お茶をくれぇ」

「はいはい」


 こうなる。


 俺は立ち上がると、自分の為に入れておいたお茶をちゃぶ台からとり、まったくありがたみの感じられない狐の最高位九尾さまにお供えした。


 のじゃぁ。と、息つくオキツネさま。


「し、死ぬかと思ったのじゃぁ」

「ありがたい九尾さまでも、喉にせんべいつまらせたら死ぬのか」

「たわけ、当たり前であろう!! 九尾だって生きておるのじゃ!!」


 せんべえ喉に詰まらせて死にかける奴を、俺たちはありがたがって崇めてるのか。

 そう思うとなんだかこの世の無常を噛み締めたくなるな。


 おかわり、と、俺に湯飲みを突き出すオマヌケ狐さま。

 はいはい分かりましたよ、と、俺は湯飲みを受け取ると、もう一度、お茶を注ぎに台所へと向かうのだった。


「おっ、相変わらずうずらを焼いておるのう。久しぶりに食べたくなったわ」

「喉つまらせといて、言うことがそれかよ」


 冬過ぎて、狐肥ゆる、春。


 農耕神のおつかいは、どうにもこの時期、食欲が旺盛らしい。

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