第56話 おめがね狐で九尾なのじゃ

「最近歳かのう。近いところの文字がかすんで見えるのじゃ」


 コタツに脚を突っ込んで、ファッション雑誌を眺めながら、こしこしと、目の端を手で擦る九尾さん。


 三千歳を歳と呼ぶのなら、この世はロリで溢れていることだろう。

 しぱしぱと目頭を押さえて瞬きをするのじゃ子に、老眼か、と俺は尋ねた。


「のじゃ。というより、目の使い過ぎなのかもしれんのう。ぴーしー、での会計作業ばっかりじゃからのう」

「きついんなら、いつもと逆で自分からやめても構わんのだぞ」

「なにを言うのじゃ。クビになるまで働くのが、妾が仕事をする上での心意気よ」


 それに自己都合じゃと、色々と面倒だしのう、と、のじゃ子。

 さすが三千年にわたって、色んな仕事を渡り歩いてきただけある。俺なんかよりも、このあたりはよっぽどシビアだ。


 しかしまぁ、一人で生活しているのならいざ知らず、今は俺の家に寄生しているのだ。嫌なら嫌で我慢せずさっさとやめて、楽な仕事を探せばよいのに。

 

 それくらいの甲斐性はまぁ、俺にだってあるつもりだ。


 と、俺は何を夫婦みたいなことを考えているのか。


「あれじゃのう。ぶりゅーらいとカットの眼鏡を買えば、ちぃとは違うかのう」

「どれだけ効くかわかんないけど、ありかもしれんな」

「そしたら妾、おめがね狐さんじゃのう」


 くしし、と、目を瞑って笑う加代。

 何がそんなにおかしいのか。別にめがねくらい、普通だろう。


 といつつ、俺はのじゃ子のめがね姿を想像してみた。


「のじゃ、萌え萌えで桜のこと悩殺してしまうかのう」

「――あほ言うな、俺にはケモノ属性もめがね属性もないんだよ」


 なんじゃつれないのう、と、加代。


 狐色した髪に、ぽやぽやとした顔つき。

 こいつに眼鏡をかけたとして、似合う姿が思い描けない。


 あかぬけない中学生的な感じがせいぜいというところだろう。

 まぁ、それがいいと言う奴もいるだろうが、正直、俺の趣味じゃない。


「コンタクトにしとけよ。その方が俺は好みだぜ」


 のじゃ、と、加代。

 それっきり、彼女は急に無言になってしまった。


 なんだよ、と振り返れば、顔を真っ赤にして、こっちをみている。


「それは、どういう意味かえ。眼鏡をかけない方が、そなたの好み、とは――」

「べ、別に深い意味なんてねえよ。どっちの方が、人間っぽく見えるかってだけで」

「のじゃ!! 失礼な、妾はどこからどう見ても人間なのじゃ!! ちゃんと化けられておるのじゃ!!」

「時々、耳とか尻尾とかでてるじゃないか」


 それにほら、全ケモ状態になったら、お前、耳がなくなるじゃないか、と、それとなくごまかす。

 なんだか納得しない感じに、ぐぬぬと顔をしかめた加代。


「いいのじゃ、それなら妾はあえて眼鏡にするのじゃ!!」

「なんでそうなるんだよ――」


「お主が意地をはるからであろう!! ふん!! おめがね妾でせいぜいがっかりするがよいわ!!」

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