第54話 お引越しで九尾なのじゃ
アパートの隣に住んでいた若い家族が引っ越しすることになった。
なんでも旦那さんが転職し、新しい会社の社宅に入れることになったんだそうな。
手に職を持っていて、まっとうな仕事にありつける人間はうらやましいことだ。
こちとら誰でもできる、なんでもできる、と思われているIT業である。
今更、どうしてこんな仕事についたかねと後悔しかない。
まぁ、愚痴ったところで何が始まる訳でもないか。
「いやぁ、助かりました。思った以上に大変で、どうしようかと」
「いやいや、困ったときはお互いさまという奴ですよ」
そう言って人のよい笑顔をこちらに向けてきたのは隣のご主人。
かれこれ何度かアパート前で顔を合わし、普通に世間話をする間柄だった俺。
たまたま外に出たところ、彼が重たそうに引っ越し荷物をトラックの荷台に運んでいる場面に出くわしたのだ。
奥さんも手伝ってはいたが、なにぶん子供の世話もある。
作業進捗は当然かんばしくなく。
結局、仏心を発揮した俺が手伝うことになった。
「のじゃ、後は軽い荷物だけなのじゃ。積み荷もいっぱいであるし、いったん引っ越し先に荷物を持っていくがよい」
まぁ、俺が出てくれば、こいつも出てくる。
「おう、荷造りどうもご苦労さん」
肩を鳴らして息をつくのは俺の同居人加代さん。
昔、引っ越し会社にも務めていたことがあるらしい彼女は、割と有能な働きぶりをみせてくれていた。
子供のおもりで手一杯な奥さんに代わり、食器類などの梱包をこなしていたのだ。
部屋から出てきたのじゃ狐に気付いて、俺たちがアパートの二階へと上がる。
しんどそうなその肩をねぎらい代わりに軽くもんでやると、はぁ、気持ちいいのじゃと、彼女は蕩けた声を漏らした。
「どれ、おんしらが荷物を運んでおる間に、桜と妾で掃除しておいてやるかのう」
「すみません、奥さんまで手伝ってもらっちゃって」
「お、奥さん――いや、そんなぁ、お隣さんとして当然のことをしただけなのじゃぁ。照れるのじゃ」
「いやいや大丈夫ですよ。というか、そんなんじゃないですから、こいつは」
なぜだか嬉しそうにしているアホ狐の頭をたたく。
たたくのならば肩にせい、なんていうのんきな返事をする彼女と共に、俺は隣の家族を見送った。
「のじゃぁ、ええのう一軒家、妾も赤い屋根の素敵なおうちに住みたいのじゃ」
「犬小屋なら日曜大工で作ってやってもかまわんが」
「ちゃんと人間が住める家のことじゃ!! のじゃ、お主の稼ぎさえよければ、こんなことにはならんというのに――」
「はいはい、悪うございましたね、俺の稼ぎが悪くって」
派遣社員なんだから仕方ないだろう。
というか、お前もそれなりに働けよ、居候。
なに専業主婦みたいになってんだよ、寄生するなよ、このネオ九尾の狐め。
「はぁ、こんなことならば、一国一城の主のもとに嫁ぐのであった」
「嫁にもらった覚えはないんだが。だいたい今時、結婚もしとらんのに家持ってる奴なんていないっての」
「そういうものかのう」
まぁ、城がないなら作ればよいだけのこと。
狐娘がやれやれとため息を吐いた。
「これから妾と二人で、立派な城を立てようぞ」
どれ交代じゃと加代が俺の手を払う。
俺の背後に回った彼女は、先ほどのおかえしとばかりに、俺の肩をせっせともみだしたのだった。
「しかしお前、肩もみ下手くそだな。全然力が入っていないぞ」
「のじゃぁ!? 歴代の王を虜にした、妾の手技が下手くそとな!!」
「おぉ、そこそこ、なんだよ、やればできるじゃないか――」
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