第53話 お人形さんで九尾なのじゃ
家に帰ると加代の奴が、まち針と布切れを手に、せっせと縫い物をしていた。
お前、そんなこともできたんだな、と、声をかけるも、ぴくりとも動かない。
いつもなら、「なんじゃその言い草は」と、食って掛かってくるこいつがだ。
いったい、どうしたのだろうか。
「無視かよ。おかえりくらい、言ってくれてもいいだろう」
内職でも始めたのか。
いや、確か加代の奴は今、アパート近くにオープンしたうどん屋で、アルバイトしていたはずだ。
俺の記憶が確かなら、はじめてまだ三日のはず。
いつものようにクビになるにしても、あと二日は大丈夫だろう。
では、バイト先の制服でも破いたのか。
おっちょこちょいのこいつのことだから、やりかねんことはない。
だがそれにしては布面積が小さい。
「なぁ、おい、なにしてんだよ」
「のじゃのじゃ、のじゃふっふっふ~♪」
「いや暢気に鼻歌歌ってないでさ、聞いてよ、俺の話を」
「のじゃ? あれ、桜、いつの間に帰って来てたのじゃ?」
悪意はなかったらしい。
よかった、同居人に無視されるとか、そんな悲しい倦怠期みたいな状態には、なってなかったらしい。
いや、別に嫌われて、出てもらっても、俺は構わないんだが。
「それより、何やってんだ、お前」
「のじゃ。お隣さんの娘さんから、お人形さんのお洋服をなおして欲しいと頼まれたのじゃ」
「そんなの隣の奥さんがやれば良い話だろうが。またなんで」
「奥さん、お裁縫はあんまり得意じゃないそうなのじゃ。困ったときはお互いさまなのじゃ」
そういって、ふんふんふん、と、鼻歌交じりに、裁縫を続ける加代。
仕事はなにをやってもダメダメな駄女狐なのに、手芸はできるんだな。
「いっそ手芸店で主婦相手に先生でもやったらどうだ」
「にょほほ。ありがとうなのじゃ、桜」
しかし、妾にはちと無理かのう、と、俯く加代。
どうしてだよ。そんな手際が良いのにと、問うと、縫う手を止めて、加代は鼻頭をかいた。
「妾は手で縫うのはできるが、ミシンを使うことができんのでのう。近代化された現代においては、こんな技能はちいとも役にたたんのじゃ」
「――なるほどな」
伊達に三千年生きてはいない狐である。それなりにできることはあるのだ。
ただ、それよりも、人間の文明の発展が早く、追いつけない。
気丈に笑ってみせる九尾。
しかしながら、どんなに笑ってみせても、その顔には、時代に取り残されてしまったものの、隠せない寂しさがにじみ出ているのであった。
「今度さ、俺のスーツのほつれでも直してくれよ」
「のじゃ。クリーニングに出すよりは、安く上がるからのう」
「お前に縫って欲しいんだよ、バカ」
「のじゃのじゃ。桜はほんに、ときどき妙に優しいことを言うのう」
ほれ、できあがったぞ、と、手の中の布を持ち上げる、九尾の狐。
彼女が丹精こめて縫い上げた、お人形の衣装は――。
「にょほほ、これで、べっぴんさんじゃ。貴族の殿方が、放っておかんぞ」
いまどきの服のセンスから大きく逸脱した、何重にも着重ねに着重ねた、ずっしりとしたものだった。
「十二単じゃねえか――」
OH!! 市松人形、もしくはお雛様!!
このセンスでは、いくら裁縫が上手くっても、商品にはならんか。
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