第52話 鉄観音で九尾なのじゃ
「のじゃ。桜よ、お主がお茶に興味を持っておるとは、意外だのう」
「別にお茶っ葉を買ってきたくらいでなんだよ。興味とかそんなんじゃねえっての」
会社帰りにスーパーに寄った俺は、ふと、家のインスタントコーヒーが切れていることを思い出し、インスタント飲料のコーナーに立ち寄った。
そのコーナーで、またふと、色々な種類の紅茶があることに気がついた俺は、おもいつきでそれをいくつか買ってみたのだ。
別段紅茶に興味があるわけではないが、まぁ、人生経験にこういうものを飲み比べてみるのもいいかもしれない。
というわけで、家に帰るなり俺は狐娘と二人して、アフターヌーンティーならぬ、ミッドナイトティーに興じている次第である。
コンロで沸かしていたやかんがピィと鳴く。
もこもことした手袋ごしにそれを掴むと、反転してテーブルへ。
二つ並べて置かれていたマグカップに、とくりとくりとそれを注げば、白い蒸気と共に強烈な紅茶の芳香が部屋の中へと広がった。
「のじゃぁ、いい香りなのじゃ」
「お前に茶のよしあしが分かるのかよ」
「何を申すか。妾の産まれは茶の一大生産地であるインドじゃぞ。そこから、茶文化発祥の国である唐国へと渡りて、そこからこの国へとやって来たのじゃ」
なるほど、加代がお茶と縁が深いのはよく分かった。
だがしかし。
「しかしのう、変わった茶もあったものじゃのう。だーじりん? これは、漢字に直すとなんになるのじゃ?」
「なんでインド生まれでそこで生産されているお茶の名前を知らないかね」
あきらかにしったかこいてるだろうこいつ。
漢字に直せるわけがない。
直すなら英語だ。
と、俺は加代から顔を背けてしばし笑いを堪えた。
別に加代が傷つくから言わないのではない。
これからこの女より、どんな面白ワードが出てくるのか、そのポテンシャルをしばらく観察して確かめたいからだ。
「のじゃ。原産地、インドか。なるほど、分かった、仏陀の陀と、お寺の寺と書いて、
「あ、ありがたい、ぷす、くすくす――」
「なんじゃ? どうしたのじゃ? なにを腹を抱えておるのじゃ?」
お前の頭がありがたくって、腹が暴れているんだよ。
とは、ちょっと言えずに、俺はまた笑いを堪える。
大丈夫、ちょっと疲れているんだと返すと、仕事はほどほどにするんじゃぞ、と、俺を心配した目つきで見てくるお狐様。ちょっと罪悪感に胸が痛んだが、すまない、この面白さには変えられない。
「ふむふむ、他のお茶も変わっておるの。セイロン。聖なる、論と書くのかのう。ありがたい仏様の言葉が伝わってきそうなお茶じゃ」
「聖なる論!! くはっ、そりゃ、どんな論だよ」
「
「教えられる分けないだろ。厨二病か――」
さっきからなんじゃ、こそこそと、気持ち悪いぞ、と、加代さん。
いいから気にしないでくれ、と、俺はニヤケ顔が彼女に見えないように、俯いて、そして、自分のマグカップを手にした。
よし、もういいかのう、と、加代もまたマグカップを手に取る。
息を吹きかけて、その熱さを確認すると、俺と彼女はほぼ同時にそれに口をつけた。
猫舌なのだろうか、俺より先んじて、加代が口を離す。
「おぉ!! これは!! 今まで飲んだことない、爽やかな鉄観音なのじゃ!!」
鉄観音。
中国の高級ウーロン茶の銘柄である。
当然、俺は耐えかねて紅茶を噴出した。
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