第51話 残業つづきで九尾なのじゃ

 朝。

 何もしていないのに、今日も朝はやってくる。

 頼んでもいないのに、また朝がやってくる。


 カーテンから入ってくる光をぼんやりと見つめながら、俺は布団にくるまって薄目を開けていた。


「――しんど」

「桜? 大丈夫なのじゃ? なんか先週から、ずっとしんどそうなのじゃ」


 声をかけたのは、隣で寝ていたアホ狐。

 


「しんどいって言ってるんだからそうなんだろ」


 同居人の狐に愚痴ってしまうくらい落ち込んでいるとは、相当に俺も追い込まれているようだ。

 やれやれ、なんて言葉もでてくるより先に、飛び出してきたため息に、俺はしばしの間だが身を任せた。


 原因はあきらか、現在携わっている仕事から来るものだ。


 どうにも相性の悪い取引先のリーダーと組むことになり、うまく連携が取れていないのだ。

 おかげで進捗は滞り、周りから白い目で見られ、本社からは苦情を言われて、と、メンタルの回復要素が何一つない。


 せめて取引先のリーダーが、ボインなメガネ女子だったらいくらか気分も違うのだろうが。


「またため息ついてるのじゃ。悩みがあるのなら、ちゃんと相談するのじゃ、桜よ」

「お前に言って解決するようなことでもないだろ」

「そんなことないのじゃ。人に話すことで楽になることなんていくらでもあるのじゃ」


 いやお前は狐じゃないかよ。

 言いかけた俺の口を封じるように、ずいと、加代が俺の布団の中へと侵入してきた。


 そのまま、布団をかぶった状態で正座すると、ほれ、と、こちらを正面から見据える。


「なんでも加代さん相談するのじゃ。伊達に三千年生きておらんのじゃ、力になるぞい」

「いいって」

「そんな辛そうな顔していいなんて言っても説得力ないのじゃ」


 辛い顔。

 起きてすぐそんな顔していたのか、俺は。


 ふと、壁にかかっている姿見で俺は自分の顔を確認する。

 目の下に太いクマを作り、頬はコケ、無精ひげがびっしりと茂っている。

 それでいて、まったく生気の感じられないその瞳。


 なるほど、こりゃ、心配される訳だ。納得のクオリティだわ、俺の顔面。


「桜よ。ほれ、膝枕してやろか。それとも、ぎゅっとしてやろか」

「どっちもお前の胸じゃボリューム足りないからいらん」

「なんじゃお主!! こんな時までそういう文句なぞ――」


 いいから尻尾を何本か出してくれ。

 俺がそう頼むと、加代の奴は少し間をおいて、分かったのじゃとやさしい言葉を返してくれた。


 しばらくこうして一緒に暮らしているのだ、獣臭さもそろそろ抜けたころだろう。

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