第50話 ぷはぁ、生き返る、九尾なのじゃ

「桜よ。お主は酒とか飲まんでほんに真面目じゃのう」

「なんだアホ狐。アルコールでも摂取したいのか。やめとけ、水がめに突っ込んで死んじまうぞ」

「褒めてやったというのにアホとはなんじゃ、アホとは!!」


 このこのと、炬燵の中の俺の足をけりまわしてくる加代。

 やめんかいと蹴り返してやると、痛い、強く蹴りすぎなのじゃ、と、ますます怒って蹴り返してきた。

 まるっきり子供の喧嘩である。


 付き合ってられん、と、俺は炬燵から出ると台所に向かった。


「お主、ストレス溜まっていそうな顔しておるのに、酒も、ギャンブルもせんとは、変わり者よのう」

「しないって訳じゃないぜ、どっちも。頻度が少ないだけで」

「のじゃぁ、そんなんでストレス発散できるのかえ。ちゃんと息抜きは必要じゃぞ」


 妾は心配じゃ。

 まったく心配しているように聞こえない、狐娘のため息が漏れる。


 そんな彼女を傍目に、俺は台所はシンクの下、両開きの戸を手前に引いた。

 醤油、みりん、料理酒、その奥に――あった。


「まぁ、いちおうほれこの通り、日本酒なんかはストックしてあるんだが」

「なんじゃ一応買ってはあるのではないか」

「ただねぇ、俺、別にいうほど日本酒好きって話でもなくってさぁ」


 瓶の中はほぼ満タン。栓こそ開けてはみたものの、まったく飲む気にならず今日の日までという奴である。


 飲みたいならどうぞ、と、俺はそれをのじゃ狐の前へと置く。

 なんだかねだったみたいで悪いのじゃ、なんて、もっともらしいことを言いながら、では、一口だけとこいつはなんの躊躇もなく、一升枡を取り出した。


 いったいいつの間に買ったんだよ、そんなもの。


 そんなこんなで数分後。


「のじゃぁ、澄酒はよいのう。にごりと違って、きりっとした喉越しがたまらないのじゃぁ」

「いい感じに出来上がってるなぁ」


 一杯だけとかいいつつ、いつの間にやら瓶の半分ほどの酒をかっくらった加代。

 飲み方も、熱燗から氷で割ったりと好き放題である。


 へべれけと陽気に頬をピンク色にして笑う加代。

 安酒というわけではないが、炬燵とつまみのするめいかで済むとは、安い酒池肉林もあったものだ。


「桜も飲むのじゃあ。そろそろ熱燗も飲みたかったところなのじゃ、どれ、妾が手ずから温めてやろう」

「いやいいよ」


 再び、俺は炬燵の中ら脱出すると、陽気なお狐さまの横を通り過ぎる。

 目的地は台所。しかし、今度前にしたのは、シンクの下ではなく、冷蔵庫の前。


 取り出したるはアルミのボディがまぶしい缶ビール。

 発泡酒ではない、第三のビールでもない、正真正銘のまともなビールである。


「のじゃぁ!! そんなものいったいどこに!!」

「もやしの下にこっそりとな。出しときゃ飲まれそうだったから」

「汚いのじゃ!! 妾もどっちかというと日本酒よりビール派なのに!! 酷いのじゃ!!」


 自分の金で何を飲もうとそんなもん勝手だろうが。

 手と尻尾を伸ばす九尾をよけて、その対面へと移動すると、俺はプルタブを起こす。


 あぁ、悔しがる、お狐さまを眺めながら晩酌というのは格別なものがあるな。

 くせになってしまいそうだ。

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