第46話 電車だ痴漢だ九尾なのじゃ

「おでかけ、おでかけ、楽しみなのじゃ。のじゃふんふん」


 口を「ω」字にしてご機嫌に鼻歌を奏でるのは、同居人の九尾さん。


 休日なのに、いつも家でごろごろしてるだけとかつまらないのじゃ。

 そう、唐突に俺に訴えてきた彼女。


 最初は俺も無視していたが、そうしているうちにだんだんとエスカレート。

 ついには、尻尾を振り回して暴れだした。

 なので、しぶしぶ彼女の要求を呑んだ俺は、彼女と市街に遊びに出掛けたのだ。


 断っておく。


 これはデートではない。


 断じてデートではない。


 手のかかるペットの、手のこんだ散歩である。


「のじゃ、こうして二人してひっついておると、なんだか恋仲のようじゃのう」


「やめい。べたべたとひっつくな、モフモフしいんだよ」


「恥ずかしがらなくてもよいのじゃ。ほんにツンデレじゃのう桜は」


 ツンに関しては否定はしない。

 デレた覚えは一度だってないけれども。


 やっかいな勘違い同居人にため息を吐きかけて俺は静かに電車を待った。


 市街に向かう電車はほどよく混んでいて、とても座席には座れない状況だった。


 待機列の先頭付近に立っていた俺たち。

 後ろから乗る人たちのことを考えて、座席の間へと流れのまま進む。

 しばらくして、ホームの人々を収容しきった電車が市街へ向けて走り始めた。


「のじゃぁ、電車は早いのう、まっこと文明の利器じゃのう」


「そうねぇ」


「なんせ座っておるだけ、立っておるだけで行きたい場所にいけ――のじゃ?」


 かぁ、と、のじゃ子の顔が赤らんだ。

 どうしたのだろうか。


 まさか、急に催しでもしたのだろうか。

 と、彼女の顔をしげしげとのぞき込む。


 いつになくしおらしいのじゃ子。

 いつの間にか、涙目になると、彼女は小声で俺に向かって言った。


「さ、桜。わらわの後ろ、人がおるかえ?」


「――いや、別に。どうした?」


「なんだかさっきから、お尻を触られている感覚が」


 なにぃ。


 俺の同居人の尻を撫でるとはどういう了見だ。

 ひっとらえて警察に突き出してやる。


 と、勇んでやるのが普通だろうが、そこはツンはあってもデレはない俺である。

 そして、別にそこそこ混んではいるが、痴漢が働けるような混み具合でもない。


 もし人の尻を触ろうものなら、周りの人間がなにしてるんだ、と、騒ぐだろう。

 そのはずだ。

 おそらく。


「気のせいじゃないか?」


「ひ、ひどいのじゃ!! パートナーが涙目で訴えておるというのに、お主!!」


「分かった分かった、確認してやるから」


「のじゃ、頼むのじゃ。桜ぁ……」


「つってもどうせお前、なんか尻に入れておいたんだろう――」


 俺はのじゃ子の背中側をのぞき込んだ。

 するとそこには。


「ママー!! これ、しっぽだよ!! もふもふ!!」


「これタっくん、やめてあげなさい!!」 


 痴漢はいないが、がきんちょが、のじゃ子の尻尾をもふもふとしていた。


 なるほどね。

 そりゃ、こんな尻尾が生えてたら、お子様はそうしちゃうよね。


「すみません、すみません。うちの子がご迷惑を」


「のじゃぁ!? び、びっくりしたぁ、なんじゃ、子供の悪戯であったか」


「ほら、タっくん、ごめんなさいわ」


「狐のお姉さん、勝手に尻尾触ってごめんなさい」


 のじゃのじゃ、構わんのじゃ、と、子供の頭を撫でるのじゃ子。


 できた大人みたいな対応をしているが――。


「そもそもお前が尻尾を出さなければこんなことには?」


「のじゃ、久しぶりのおでかけでテンションマックスだったのじゃ。うっかりなのじゃ。しかたなかろう」


 うれしくなって尻尾が出ちゃう、振るえちゃう。

 やっぱり、犬コロと大差ないなこのお狐さまは。やれやれである。

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