第42話 永九就職で幸せなのじゃ

「のじゃぁ。桜、ほれ、もっとちこうよらんか。寒いではないか」


「だから、なんで俺の部屋に勝手に入ってんだよ。そんで炬燵にいついてんだよ」


「この炬燵は一人用で寒いのじゃ。肌を寄せ合って温めあわなくてはのう」


「尻尾にでもうずくまってろよ」


 つれないのじゃ、と、わざわざ俺の隣に移動して、肩を寄せてくるアホ狐。

 本当、どうしてこんなことになってしまったのか。


 事の発端は、例によって俺の職場にやってきたこの駄女狐を、珍しく俺の中に芽生えた仏心で救ったことに始まる。


 それからというもの。

 こいつが何かと俺に対して色目を使うようになったのだ。


 正直、見た目は人間だが、中身は野性の塊なお狐さんである。

 乳繰り合おうという気が起きないのは仕方ない。


 いや、そういう問題ではない。


「のじゃのじゃ。ほれ、遠慮するでない」


「遠慮なんてしてねえよ」


「遠慮してないのじゃ? じゃあなんでひっつかいないのじゃ? 桜、もしかして、わらわのこと、嫌いなのじゃ?」


「なんで拗ねんだよ。べたべたするのが嫌なんだよ――菌とか病気とか貰いそうで」


「酷いのじゃ!! 加代さん、そんなばっちいことないのじゃ!! 毎日、外の水道で水浴びしてるのじゃ!!」


「いや、それじゃそんな変わらんだろ」


 ちゃんと風呂で体を洗ってくれ、頼むから。


 真面目な顔をして言うと、ぼっと、加代の顔が赤くなる。


「こんなまだ明るいうちから――桜、おんしも助兵衛じゃのう」


「あぁそういう意味で言ったわけじゃないから。ペットの衛生面的な意味だから」


「のじゃ!! 加代さんペットじゃないのじゃ!!」


 そうだねぇ、加代さんペットじゃないよね。


 どっちかって言うと野生の獣だよね。

 野良的な何かだよね。


「ほんと、なんでこんなのがまともに就職できるの。この厳しいご時勢に」


「のじゃのじゃ。人間、笑顔で人に優しく生きていれば、なんとかなるものじゃて」


「いやお前狐だし。そもそも、その割には就職してからなんとかなってないよな?」


「のじゃ・それは言わないお約束なのじゃ」


 と、のじゃ狐は俺から顔を背けた。


 まぁいいか。


「しかしお前、結局またあの会社も、試用期間も終わらないうちに辞めちまうしな」


「のじゃ。あの小さい賽銭箱は使い方がよう分からんのじゃ」


「パソコンな」


「それにもう、次の就職先は見つけたのじゃ」


「へぇ、最近俺の家でくっちゃねばっかりしてる癖に、もう見つけてきたのかよ」


 えらいじゃないか、と、俺が彼女の頭を撫でてやる。

 加代の奴はなんだか、まるで本当にペットか何かのようににんまりと顔をゆがめると、尻尾を振って俺にじゃれついてきたのだった。


「やめい。だから、暑苦しいっての」


「のじゃのじゃ。そなたとわらわの仲ではないか」


「そんなたいした仲になった気はないんだが」


「またまた。ほんにおんしはツンデレじゃのう。うりうり」

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