第37話 ゴホゴホ、コンコン、九尾なのじゃ

「すみません。今朝がたからどうも寒気がして。なんか、いい薬ありませんか」


 昼休み、オフィスを抜け出して近くの薬局へと向かった俺。

 店に入るや俺は今朝からの症状をスタッフに訴えかけた。


「どうされましたのじゃ。風邪ですかなのじゃ?」


「みたいですね。ここ最近どうにも体がだるくって」


「不摂生な生活しているからなのじゃ。体調管理も大切なお仕事のうちじゃぞ」


「そりゃわかってるんですけども」


「まぁ、人間生きておれば、調子の悪い日くらいあるか。のじゃ、分かったのじゃ、ならば、妾がとっときの、風邪によく効くお薬を調合してしんぜよう」


 いえ、そんなのいいから、普通に市販のお薬を――。


 と、言いかけて気が付いた。


 マスクをつけて、白衣を着たその薬局の職員。

 彼女がどうにも見たことのある黄色い髪の毛をしていることに。


 ついでに、朦朧とする視界の中で、その表情がやけに愉快そうなことに。


「誰かと思えば、またお前かよ、アホ狐」


「アホ狐とはなんじゃ。せっかくわらわが、心配してやっているというのに」


「やめた違う店に行こう。お前の出す薬なんてアテにならん」


 ふっふっふ、と、意味深に笑うお狐。

 自信満々というのはなんとなくわかる。


 だがしかし!!

 俺は帰る!!


「のじゃぁ、待つのじゃ!! 少しくらい話を聞いていくのじゃ!!」


「いやだお前、俺は今日、どうしてもこの風邪を治して、納品物を完成させねばならぬという使命を帯びているのだ!!」


「だったらちゃんとお薬飲んでいくのじゃ、ほれ、悪いようにはせんから!!」


 強引に俺を引き留めて、近くにあった椅子へと座らせる狐娘。

 待っているのじゃ、と、俺に言づけて、彼女は薬局の奥へと入っていった。


 逃げようと思えば、逃げられた。

 だが、そんなことでただでさえ少ない体力を、消耗するのも馬鹿らしかった。


 なに、いくらあいつでも虫やら毒草やら、煮出した飲み物など持ってこんだろう。

 さっさと飲んで、あいつの気を晴らしてやったら、近くのコンビニで栄養ドリンクでも買おう。そして、なんとか今日を乗り切るとしよう。


 と、思っていたところに、のじゃ狐が帰ってきた。


「またせたのじゃ。ほれ、これぞまさしく元気の源。加代さん特製きつね汁じゃ」


「――まさか、自分の煮汁を」


「いやん、ばかん!! 何をスケベなことを言っておるのじゃ!!」


 スケベだろうか。

 すくなからず猟奇的で、かつ、不衛生な感じはしないでもないが。


 というか、なんだこの甘い香りは。

 それでいてあぶらっこく、食欲をそそるこの感じ。


 きつね色をしたこの液体の正体を、俺は知っている――。


「のじゃ!! きつねうどんの油揚げをしぼって作ったこれを飲めば、どんな病人も元気いっぱい、お稲荷ズハイ間違いなしなのじゃ!!」


「そんなんより、俺は普通に、きつねうどんが食いたいよ」


 まぁ、あれだけ濃いブドウ糖を摂取すれば、少なからず元気にはなるだろうが。

 普通に市販薬使った方がよく効くっての。

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