第35話 先手、九尾お狐で九尾なのじゃ

 将棋なんて趣味でもなければルールも知らない。

 だが、見た顔が将棋盤に膝を突き合わせて、難しい顔をしていれば、歩みが止まるのは仕方ない。


「追い詰められましたね、加代さん初段」


「新進気鋭ながら、その古風な打ち筋で年配の方にも人気のある、今を時めく女流棋士も、名人には歯も立ちませぬか」


 のじゃじゃ、のじゃのじゃ。

 膝を抱えて悩む加代。


 こいつ、アイドルだけじゃ物足りず、棋士になってまでテレビに出るとは。


 というかよく初段まで行けたな。

 俺の前ではアホなことしかせんくせに。


 こういう職にありつくあたり、実は地頭はそこそこにいいのか。


「のじゃぁ、天竺大将棋なら負けんのに。現代将棋は駒が少なすぎるのじゃ」


 負け惜しみ言ってる時点で底が知れるがな。

 インド生まれかなんだか知らんが、自分の実力を環境のせいにする奴なぞたいしたことはない。


 のじゃぁ、のじゃあと、迷い箸のように指先をさまよわせる九尾さん。

 むむ、ここなのじゃ、と、大きく彼女が動かしたのは――玉。


 よほど動き回ったか、オキツネ娘の玉は相手側――敵陣の只中に居た。

 かろうじて一手かわす場所があったが、これは次の相手の手で王手になるだろう。


 しかし。


「のじゃのじゃのじゃ!! かかったのう!! この玉は、宝の玉ではないわ!!」


「なんと!?」


「この玉は、天竺より将棋とともにやってきた九尾――玉藻の前なるぞ!! のじゃ、こうして敵将の王に近づいたのも計算のうちよ!!」


 くるり回した玉の駒。

 そこには本来ならばないはずの、赤い文字が書かれていた。


 九尾。


「傾城の美女!! いまここに九尾に成ったこの駒の力、とくと味わうがよ――」


「後手、加代さん、反則により失格。名人の勝ち!!」


「の、のじゃあああああっ!!!???」


 そんなバカなと言わんばかりに叫ぶアホ狐。

 いや、普通に考えてお前、そりゃそうなるだろ。


 なんだよ、九尾って。そんな駒あってたまるか。

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