第34話 マグロで九尾なのじゃ

「ひどい目にあったのじゃ。一か月で百万円稼げる仕事じゃと聞いて、喜んでついていけば、まさかあんなことになるとは」


「なんだ加代さん、今時マグロ漁船なんかに乗ったのか?」


 ふるりふるりと体を震わせて、俺のアパートにやってきた加代さん。


 頭に鉢巻、胸にライフセイバー。

 海の女という感じのオキツネ娘さんは、半べそをかきながら俺が入っているこたつのなかへとするり足を放り込んだ。


 そういえば、ここ数日見なかった気がする。

 なるほど、遠洋漁業に出ていたのならしかたない話だ。


 いや、それにしては帰ってくるの早くないか。


「のじゃ。三日目くらいに吐き気が限界に達して、港でおろして貰ったのじゃ。そこからヒッチハイクでどうにか戻ってきたがのう、もうこりごりじゃて」


「ごくろうさん。まぁ、お前さんに向いてる仕事ではないわな」


「いやいや、そんなことないのじゃ。わらわが竿を垂らせば食いつく食いつく」


「なんだよ一本釣り漁船だったのか」


 おやおやこれは異なことを言う、と、九尾の狐が笑う。


 わらわを誰と心得る、と、ぽんと出した尻尾は九つ。

 その先端には、きらりと光る釣り糸がぶら下がっていた。


 尻尾で釣るのかよ。


「そりゃまた、たくさん釣れるだろうな」


「のじゃ。しかしまぁ、三日も寒空の下、海に尻尾を放り出しておくと、体調がのう。うぅ、さむさむじゃ」


 せっかく出した九つの尻尾をひっこめると、肩まで炬燵の中へともぐりこむ加代。


 おい、俺の炬燵だっての。

 咎める声にも動じずに、彼女はごろりとその中で寝返りを打ってうつぶせになる。


「のじゃ、今度はわらわがマグロになるのじゃ」


「お前なぁ」


 まぁ、頑張ったみたいだし、今日くらいはゆっくりと休ませてやるか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る