第32話 教師こんこん物語で九尾なのじゃ

「お前らぁ!! いいかぁ、よく聞くのじゃ!!」


「はい、先生!!」


「油揚げは厚すぎず、されど薄すぎず、酢飯はほどよくひと肌に!! それを考えていなり寿司を造れるのが、できた人間ってものなのじゃ!!」


 それはできた板前だろう。


 学校に納入するシステムの立会になぜだか呼ばれた俺。

 システムの最終点検をしながら、ふと、グラウンドにジャージ姿で立つ、おきつね教師の姿に気がついた。


 ついにお前、未来ある青少年たちにまで、迷惑かけるまでなっちまったか。

 加代よ。お前はいったい何処へ向かっているのだ。


「そして今度はごく○んかよ。○八のモノマネじゃなかったのかよ」


「のじゃロリ先生なのじゃ!! ホ○とか三○みたいに言うななのじゃ!!」


 とまぁ、いつもの調子で俺に食って掛かってくる。

 授業は良いのか授業は。


「のじゃ、アレはドラマの役じゃったが、今は本当に先生なのじゃ。わらわの双肩に、日本の将来がかかっていると思うと、責任重大なのじゃ」


「安心せい。誰もそんなこと思っとらんから」


「のじゃ。間違っても、お前のような嫌味な大人にはさせないのじゃ」


 俺だって別に好きでひねくれてるわけじゃねえ。

 というか、そもそもひねくれてるつもりもない。


 お前がなんのかんのと、いちいち突っかかってくるのが悪いのだろう。


 そもそも、九尾が人間様を教育するってそれはどうなんだ。


 すると狐娘が、おやおや、とでも言いたげに、口元を隠してこちらににやついた視線を投げつけてきた。


 どういう意図か知らんが、俺をバカにしていることだけはよく伝わる。

 良い根性だ、やるか、この馬鹿狐。


「知らんのかえ。妖狐が人間の親代わりになるというのは、割りとよくある話なのじゃ。かくいう、安倍晴明の母親も、化け狐と言われておる」


「他には?」


「それと、あの、あれじゃ。もののけなんちゃらという、ほれ、有名な」


 ありゃ狼だろう。狐じゃない。

 大見得切っておいてそりゃどうなんだよ、おい。


 そんないないんじゃないか。


 じとり、と、加代を見る冷たい視線。

 それは俺から放たれたものだけではない、子どもたちの視線も混じっている。


 嘘はいかんよ、嘘は。


「子供の教育によくないな。お前、教師向いてないよ」


「のじゃ!! そんなことないのじゃ!! わらわ、子どもたちのよいお手本になるのじゃ!!」


「髪の毛も金髪だし。子供がグレたらどうするんだよ」


「のじゃじゃ!! GT○だって金髪だったのじゃ!! ちょっとくらいワルっぽい方が、子どもたちも親しみが持ててきっといいのじゃ!!」


「はぁん、ワルっぽいねぇ」


 頭が悪いのは間違いないだろうが。


 やれやれ、と、俺がいつもの調子でため息をつこうとした時だ。

 フォン、フォン、と、学校に似つかわしくないマフラーの音が辺りに響いた。


 ざわりざわりとざわめく子どもたち。

 正門の方から、土煙を巻き上げてこちらに向かってくるバイク。

 それにまたがる明らかにイカれた感じを醸し出したラリ顔の男。


 そして、その男の頭上にたなびく、!?、の文字。


 そんなこと言ってるから、ほれ、やって来たじゃないか、不良。


「のじゃぁっ!? な、なんなのじゃ!? いったい、アレ、なんなのじゃ!?」


「やだ、今時の若い子で、こんな格好する奴まだいるのね。というか、昼から、学校に乗り込んでくるとか漫画かよ」


「のんきなこと言ってる場合じゃないのじゃ!! のじゃ、皆、はやく教室に避難するのじゃ!! ここはのじゃ先生に任せるのじゃ!!」


 任せるのじゃ、って、お前。

 なんとかできるのかよ。


 いや、そこは、ヤンキー先生のモノマネをしている、九尾娘。


「だからモノマネじゃないのじゃ!!」


 溢れる妖狐パワーで、きっと生徒たちを守ってくれるに違いない。


 戦え、僕らの妖狐先生、加代さん。

 負けるな、妖狐先生、加代さん。


「なんか、妖怪と戦う感じになってるのじゃ」


「狐の手!! 狐の手を使うんだ、加代さん!!」


「なんなのじゃ、狐の手って――」


 こうかの、と、くいと両手を持ち上げて、顔の前辺りで鎌首をもたげさせる。

 猫の手――じゃなく、狐の手のポーズを取る九尾娘。


 まぁ、それで、どうにかなるものじゃ――。


「ギャアアアっ!! オキツネ!! コックリサーン、ドウシテ、ナンデ!?」


「効いてる!? いや、むしろこっちがなんで!?」


 いったい何が怖かったのか。

 今時気合の入ったヤンキー男は、顔面を蒼白にしてその場でターンした。そして、一目散、まったくこちらの様子を伺うこともなく、そのまま学校を去っていった。


 まさか、本当にヤンキーを退治するとは。


「え? やらせ?」


「やらせとはなんじゃ!! わらわの実力に決まっておろう!! にょほほほ、まぁ、わらわほどの妖狐ともなれば、ひと睨みでホレ、相手をすくませるのなど造作ない」


「ほら、またそうやってすぐ調子に乗る」


 くるりと、こちらを振り向いた加代。


 ふと、その顔が、全狐――ケモミミどころか顔面全ケモになっているのを見て、あぁ、なるほど、そりゃ驚くわと俺は納得した。


「のじゃ!! 悪は去ったのじゃ!! 子どもたち、もう大丈夫なのじゃ」


「あ、ちょっと、加代さん。その格好」


 ぎゃぁ、と、まるで楳○先生の漫画みたいな台詞が、学校にこだまする。


 あぁ、ここはケモケモ教室。

 顔面毛だらけ、チュー○ッカもムックもびっくり。

 もふもふ教師が現れる、異次元学校。


 はたして、うら若き彼らに未来はあるのか。


「なんじゃ、どうしたのじゃ!? なんでそんな先生を怖がるのじゃ!!」


 金八先生よりふっさりとした金髪――いや、金毛を振りまいて、まったく自分の状態に気づかず狼狽えるアホギツネ。

 あぁ、こりゃまたこいつ、この仕事も長く続かないんだろうな。

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