第31話 ノジャルド・オキツネで九尾なのじゃ

「次の知事選挙は、オキツネ・オキツネ・オキツネ・トランプでおなじみ、加代さんに清き一票を」


「何をやっとるのだあいつは!!」


 出勤途中の最寄り駅前。


 ケモい耳をぷらぷらとさせた獣人娘達が、遠目になにやらやっている。

 なんだろうなと、そう思いながら近づいてみれば、案の定、その騒ぎの中心人物は件のあほ狐であった。


 こともあろうにあの女、知事選挙に立候補したらしい。


「妖怪にも選挙権あるのかよ」


「当然なのじゃ。わらわ、こう見えて、三千年生きているのじゃ」


「いや歳の関係とかなくね。戸籍とかさ」


 と、聞き覚えのある声に振り返る。


 そこにおわすは黄色いスーツを着た、オキツネさん。ぴょこりぴょこりと頭の耳を揺らして、いつもの笑顔をこちらに向けた、加代であった。

 なんでお前がここに、と、キツネにつままれた顔をする。


 すると突然彼女は俺の手を握り、そして、握り、また、握りまわしてきた。


「なにすんだよ気色悪い」


「握手して挨拶するのは選挙活動の基本なのじゃ!!」


「うわぁ、鬱陶しい」


「よかったのう、わらわと握手できるとは、お主、幸運じゃぞ」


「握手意外にも色々としとるだろうが」


 どついたり、どついたり、主にどつきたおしたり。


 なぜだろう、ボキャブラリーが貧困なのかな。

 殴って気持ちを確かめあった(一方的)思いでしか出てこないのは。


 のじゃ、五月蝿いやつじゃ、と、加代さん。


 その時だ。

 パシャリ、と、今時なかなか街中で聞こえないシャッター音。

 それと共に、朝っぱらから眩しいフラッシュが俺たちに浴びせかけられたのは。


「スクープ!! まさかの熱愛発覚!! 狐知事候補にまさかの若い燕!! これで明日の三面記事は決まりね!!」


「のじゃ!! 誰なのじゃ!!」


「いや、誰ってお前、こんなんパパラッチ以外ありえんだろう」


「ぱぱ、ら、っち? なんじゃ、それは、でえだらぼっちのお仲間かえ?」


 こんな時にもボケんでもよいだろう。


 呆れている俺。

 そしてなぜだかぷりぷり怒っている加代。


 そんな二人を前にして、パパラッチはおどけてみせる。

 やれセオリーどおりなら、このまま逃走かと思いきや、彼女は、カメラを下ろすと今度はマイクを手にこちらへ向かって歩み寄ってきた。


「さて、それでは二人に詳しい関係を尋ねてみたいと思います。すみません、今度の知事選挙に立候補中の、オキツネコンコン党の加代さんですね」


「いかにもなのじゃ」


 党なのかよ。

 無所属じゃないんかい。

 

 他にメンバーが居るなら見てみたいよ。


 いや、やっぱいい。

 面倒なことになるだけだ。


「マニフェストに、県内の小中学校の給食に毎食おいなりさんを提供するとありますが、これはどういった意図でしょう」


「真面目に質問するんかい」


「のじゃ。いい質問なのじゃ。ずばり、お稲荷さんは、お米、お酢、お砂糖、そして油揚げでできた完全食。お子さんの成長には欠かせぬ食べ物なのじゃ」


「完全食って……」


「オキツネコンコン党の加代さんは、明るい未来をこれから支えてくれる、青少年たちのことを第一にかんがえておるのじゃ。えへんぷい」


 バカ言え。絶対お前が食いたいだけだろう。

 そして食いたいだけでそんなもんマニフェストに掲げるなよ。


 なるほど、と、なんだかもっともらしく頷くパパラッチ。


 付き合いきれん。俺には仕事もあるのだ。

 そっと忍び足で二人に背を向けると、俺はその場から立ち去ろうとした。


「最後に、この一般男性とは、いったいどういったご関係で」


「なんでもう帰ろうとした矢先にそういうこと言ってくるかね」


 振り返った俺の視線の前で、ぼう、と、加代の顔が赤く燃える。


 いや、なんだ、その反応。


「どどど、どうって、別に、ただの知り合いなのじゃ」


「ほほう。そのわりには、なんだかやけに親密そうな感じでしたが」


「そんなことねえよ、いつもこんな感じだ」


「すると、ふたりとも、気心の知れた仲という」


 いや、心はわからないな。

 相手は動物に毛が生えたような――いや、キツネに尻尾が八本生えた生き物だ。


「とにかく、こやつとは別に、なんの関係もないのじゃ。そう強いていうなら――」


「いうなら?」


 なんだと思っているのか。


 そろそろ、会社に向かう電車が来る頃だった。

 だが、たしかにこいつが俺のことをどう思っているのかは少しだけ気になった。


 さんざんと絡んでくる俺のこと。

 このオキツネ、いったいなんだと思っているのか。


 場合によっては、今後会う度、眉間に唾をつけんでもない。


 と、まるで顔を完熟トマトのように真っ赤にして、加代がついに口を開く。


「こ、こやつは、わらわにとって、た、たい――食べ物!! そう、いざという時の非常食なのじゃ!!」


「待て。オキツネ。待て。食べ物って」


「それは性的な!? それとも、物理的な!?」


「どっちの意味でも嫌だよ!! おい、勘弁してくれ、本気じゃないだろうな!!」


「ほ、本気も本気なのじゃ!! わ、わらわは九尾なのじゃ、その気になれば、人間の一人や二人くらい――美味しくないけど――ぺろりなのじゃ。ほんとなのじゃ」


「今、お前、おいしくないけどって言った? ねぇ、ちょっと、それ、いったいどういう意味なの? 本気で怖いんだけれど」


 変な意地張らないでくれフォックス。

 真面目に怖いから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る