第29話 のじゃ倉~!! で、九尾なのじゃ

「えぇ、先週から血便が止まらなくって。はい、いつもならよく寝たら治るんですけれど、ちょっと期間が長いので心配になって」


 恥を偲んで言おう。


 俺は自宅近くの肛門科に来ていた。


 理由はさきほど述べたとおりである。

 先週から、トイレの後に、便器に赤い花が咲くようになったのだ。


 ついでにいうと、力むと、ちょっぴり痛い。


 まぁここまで条件が揃っていれば、アレで間違いない。

 いかんせん、それは常時座りっぱなしプログラマーの職業病。

 経験がないわけではないのだ。


 しかし、こんなに長く続くというのは、ちょっと初めてのことである。


「さすがに心配になった、と。のじゃ、意外にお主も小心者じゃのう」


「いや、本当の理由は、こういう絶対に会いたくない場面で、ずけずけとやって来てドヤ顔する奴がいるからなんだけれど」


 こうなる展開が見えていた。


 お前ね、誰が好き好んで、知人に向かってケツ向けて、大丈夫ですかなんて尋ねる特殊なプレイをしたいと思うのよ。


 これが、漫画やゲームの一場面だったら、発禁ものの一大事よ。


「というか、やっぱりでやがったか、のじゃ狐。お前、ほんと仕事を選ばないな」


「選んでたらおまんま食べれないのじゃ。わらわは、使えるものは、資格だろうが職歴だろうが、なんでも使うのじゃ」


 化け狐のくせに、そこは幻術とか呪いとか、そういうのを使えよ。

 中途半端に真面目だからお前、ダメなんだよ。

 まったく。


 というか、あれ。

 俺は思っていたよりも早いタイミングで登場した、オキツネ娘の姿に驚いた。


 きっと、てっきり、それこそ、診察室に現れて、ぺろりとお尻をめくったところで、恥ずかしい思いをすることになるだろう――そう思っていたのに。

 まさか診察室前の待合室で会うなんて。


 そして、白衣ではなく、ピンクのナース服を着ているなんて。


「ぬふふ、どうしたのじゃ、そんなキツネにつままれた顔をして」


「なんだよナースかよ。びっくりさせるなよ。お前」


「流石にわらわも、医師免許を取るのはちょっと大変なのじゃ。今日はナースのお仕事、手術は先生にお任せするのじゃ」


 よかった。


 これで、少年誌だったらお見せできない、ヒロインが主人公の尻を覗き込んでうんたらという、最悪の絵面は回避出来たわけだ。


 いや、それでなくってもだ。

 こんなアホギツネに、身体をどうこうされるなんて考えられない。


 やれやれ、日本の医療はすんでのところで、妖怪たちの魔の手から守られたか。


「まぁ、しっかり見てもらうのじゃ。わらわ、ここの先生のことはよく知っておるが、悪くない腕なのじゃ」


「そうなのか。まぁ、お前が言っても説得力ないがな」


 桜さん、と、俺の名を呼ぶ声がする。


 よっこいせ。

 尻に衝撃がこないように、慎重に立ち上がった俺。

 じゃぁ、見てもらってくると加代に言うと、そのまま診察室へと入った。


「ゲロー。はじめましてゲロー。ゲロ、それで、症状は一週間前からということゲロが、どれくらいの量の血がでるゲロ?」


「えっとそうですね。図ったわけではないですけど、便器の中の水が完全に赤く染まるくらいは出て――ゲロ?」


 のじゃよりも、聞きなれない声。

 俺はふと目の前の医者とのやりとりに疑問を抱いた。


 見れば、眼の前の医者、妙に顔色が悪い。

 真っ青、いや、それを通り越して、真っ緑だ。


 どうしたら人間の肌が緑になるのだろう。

 それだけで驚きだと言うのに、更に、この医者変なところがある。


 そう


 まるでそれは皿。


 河童の皿。

 

「いや、待て待て。そんな馬鹿な」


「ゲロ?」


「今ままさに、妖怪から医療が救われたと、そういう流れになったじゃないか」


「ゲロゲロ。量から言って、確実に中で切ってるげろね。どれ、ちょっと、尻に手を入れて確認してみるかゲロ」


 くるり振り返った、その顔には、くちばし。

 緑色をしたくちばし。


 そして、かっぱっぱー、るんぱっぱーな、顔立ち。


 あかん、これ、尻子玉を抜かれるタイプの奴ですわ。

 このときばかりは、見知った、加代の奴に見てもらったほうが、まだ良かったかもしれないと、思わずにはいられなかっった。


「はーいそれじゃ、お尻こっちに向けてリラックスしてぇ」


「できるかぁっ!!」

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