第28話 はっぴハロウィーンで九尾なのじゃ

兎狸狗尾蛙酉亥屠トリックオアトリートなのじゃ!!」


 アパートへの帰り道、辻から飛び出してきた陽気な狐娘に俺は目を剥いた。

 そして耳を疑った。


「いま、とんでもなく不穏当な台詞を聞いた気がする」


「お菓子をくれなきゃ、悪戯するのじゃ」


「もう既にお前の登場自体が悪戯だっての」


 おばけもなにも、正真正銘妖怪の九尾さんが、いったい何をしてるのか。

 それでなくっても日々、俺に悪戯するために生きているような奴なのに。


「ほらほら、早く、なんでもいいからお菓子をよこすのじゃ」


「しまった、今、ちくわしかねえんだよな」


「ちくわ持ち歩いてるサラリーマンって」


「嘘だよ、本気にするな」


 なんなのじゃ、素直に早く渡すのじゃ、悪戯されてもよいのか、と、ぷりぷりと頬を膨らませて怒る加代。


 どうせ、いなりしかないとか言ったら、くいついてたくせに。

 現金というかミーハーなんだからもう。


 しかし、急にそんなことを言われても、お菓子なんて持ち合わせてない。


 だいたいいい歳したおっさんだよ、俺。

 帰宅時に菓子なんて買って帰ると思うかね。


 弁当もしくはカップめん。

 あと煙草くらいしか買わないっての。


 まいったな、と、胸ポケットをまさぐる。

 するとつま先にかつりと、何かが当たった。


 取り出してみれば、それは、キャンディ。


 そうだった、そうだった。

 昨日、仕事帰りにパチスロを打って、その景品に飴をもらったのだ。


「ほれ、これ、やるよ」


「のじゃ。なんじゃ、しけとるのじゃ」


「貰っといてなんだそれその言い草」


「良い歳して、飴ちゃん一個とは、甲斐性のない奴じゃのう、お主も」


「菓子持ち歩いている方がサラリーマンとしてどうかしてるよ」


 というか、お前、そもそもなんのバケモノの物まねだよ。

 見る限り普段と何も変わらないが。


 すると、俺の思惑に気づいたのだろう。

 のじゃのじゃ、と、加代の奴が楽しげに微笑む。


「なんじゃお主、わらわが何に化けておるか、見当つかんという感じじゃのう」


「うんまぁ。見当つきたいとも思わないんだけれど」


「ほれほれ、よく見てみよ、いつもとちと、耳の形が違うであろう?」


 あぁうん。

 言われて見れば。


 いつもよりもちょっとばかし、今日はこいつの耳が小さい気がしないでもない。


 なるほど、つまり、猫娘というわけか。


 ――しょうもな!!


 どうせ化けるなら、もっと違うのに化ければ良いのに。


 すると、ふりふり、と、加代が顔の前で手を振った。


「違う違う、第一耳じゃないのじゃ」


「違う? 第二耳って、人間の方の――」


 言われて視線を少し下に下げた。

 だがなんだろう、まったく違うところが分からない。


 お前、本当に、いったい何に化けたんだよ。

 思わず尋ねると、のじゃのじゃと笑いながら、アホ狐は自分の耳――人間の方の――先を指差した。


 それは確かに、よく見ると、ちょこっとだけ、尖っている。


「ずばり狐耳エルフ!! 狐娘とエルフ娘のハーフで、可愛さ倍々なのじゃ!!」


 いや。

 気づかないだろ、それ。


 言いたいのはやまやまだったが、俺はあえて黙っておくことにした。


 なんといっても、今日は十一月一日。


 そもそも、ハロウィンは十月三十一日。

 昨日で既に終わっている。


 だと言うのに、はしゃぐ狐を前にして、そんな野暮なことを言えるだろうか。

 つっこんでみても仕方ないよ。可愛そうになるだけだ。


「のじゃ。この調子で、いっぱいお菓子貰って回るのじゃ」


「おう、まぁ、頑張れよ」


「のじゃのじゃ。回り終わったら、少しくらいお主にも分けてやろう。なに、遠慮することはない。わらわは寛大なのじゃ、懐と器が大きいのじゃ。にょほほほ」

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