第23話 書生狐で九尾なのじゃ

「いや、すみませんね、こんな出先までついてきてもらっちゃって」


「いえいえそんな。むしろ押しかけちゃって申し訳ないってもんですよ」


 派遣PGだ、仕事の種類は千差万別。

 いろんな会社に月単位で飛ばされるのは慣れたもの。


 だが、まさか出版社の内部システムの改修要員になるとは思いもしなかった。


 雇い先の部内SEがほどよく無能で、自由にやらせてもらっている。

 ただし自由にはえてして責任がつきまとう。


 今回の企画の発案者――やり手編集者へのヒアリング。

 そのためにまさか、こうして大先生のご邸宅に伺うことになるとは思わなかった。


「しかし、すごいもんですね。年季の入った立派な日本家屋だ」


「そうでしょうそうでしょう」


「柱ひとつにしても時代を感じさせる。市内でこんな立派な家に住んでらっしゃるなんて、さすが先生だ」


「おや、君みたいな若い人が先生を知っているのかい」


「高校時代によく読みましたよ。今でも短編集なんか時々読み返しますね。いや、先生のユーモアには、昔も今も感服するばかりです」


「その話、是非先生にしてあげてよ。ここ最近、新作の展開で悩んでいて、随分と滅入ってらっしゃるから」


 本当ですかと前のめりに訪ねた俺に、はっはっはと笑いを浴びせる編集者。


 そうだわな、そりゃ流石にリップサービスだわ。


 なんといっても今や日本を代表する巨匠の一角、そんな大先生である。

 軽々しく、俺のようなしがないサラリーPGがお目にかかれる相手ではない。

 そして、そんな男が褒めたところで、舞い上がるほど軽くもない。


 しかも、絶賛スランプ中ときたもんだ。


「先生も大変なんですね」


「見かねて私が書生さんを雇ってはと、人を紹介したんだけれどね」


「へぇ、書生」


 なんとなく、嫌な予感がした。


 Yシャツの中を流れる汗の感覚に神経を尖らせる。

 俺の耳に、ふと、戸をこつりこつりと叩く音が聞こえた。


 はい、と、まるで自分の家のように、返事をする編集者。

 扉が内側に開き、隙間から、湯気のたったカップが載せられた盆が出てくる。


「申し訳ございませんコン。先生、まだ時間がかかるとのことで、もう少し待っていただけないでしょうかですコン」


「はぁ。どうですかね、今日中に仕上がるんでしょうか?」


「コン。そうですコンね。なかなか今の調子じゃ難しいかと――コン」


 コン。


 まるで取って付けたように、コンコン、言うその書生。


 まさか。そんな。


 いや、確かにこの展開はお約束だ。

 けれど、書生にまでなるなんて、いったい誰が思っただろうか。


 ゆっくりと内側に向かって開く扉。

 その中から出てきたのは、白いエプロン、黒いメイド服姿の――。


「コンコン。まぁ、先生もお疲れですコン。たまにはゆっくりと、そう、温泉や湯治など、湯けむりバスツアーなどに連れて行って、疲れを癒やしてやっては」


 ハゲ散らかした変態おっさんであった。

 

 どうしたことか。


 その頭には、狐の頭にあるはずの第一耳がある。

 だがしかしハゲ散らかしたその頭では、それが作り物――カチューシャであることは一目瞭然。


「誰だおまえは!!」


「のじゃ!? 騙されなかったのじゃ!?」


 ぼふり、と、煙を上げたのは、部屋の片隅に飾ってあった、石膏像。

 驚いた顔をこちらに向けたのは――。


 やっぱり、いつものオキツネ加代だった。


 だとして。

 この変態オキツネ姿のおっさんはいったい。


「先生!! またそんな妙な格好して!! 女性の気持ちになりきるにしても、もうちょっと加減ってものがあるでしょう!!」


「違う、女性ではない!! 瀟洒な狐メイドさんだ!! 分からんかね、このモフリティが、もっふもっふ感が!! だからお前はダメなんだよ!!」


 少なくとも、頭はもふもふではないがな。


 なるほど。

 書生狐め、なにをどうしたかは知らん。

 だが、先生をたぶらかしてこんな格好をさせたのだな。


 ううん、末恐ろしい。


「違うのじゃ。この先生、わらわがここに来る前から、ブラジャー付けて女の真似事してたのじゃ」


「……まじかよぉ」


「女性の気持ちになりきるにはどうとか言ってたのじゃ。思わず怖くなって尻尾と耳を出したら、なんか、こんなことになってしまったのじゃ」


 なるほど先生がケモナーに目覚めたのはまったくの偶然。

 いや、ある意味必然だったのかもしれない。


 ユーモラス。

 なるほど、こんな所からあの独特な発想は生まれるのかと思えば――。


「棚の本、ブック○フに売りに行こう」


 こんな変態を尊敬できる、訳がない。


 俺は静かに青春時代の思い出を処分することを決意した。


 創作法は人それぞれ。

 だが、うぅん。


 人間、やはり限度というものがあるだろう。


「一ヶ月前はブルマがどうとか言ってたじゃないですか!!」


「今時紺のブルマなど、どこも作ってないんだよ!! それはそれで希少価値があるというものだが、しかしね、やはりもふもふの獣娘にブルマというのは。そこはもっと野生に相反する文明的な――」


 駄目だ、ブック○フに売りに行くのも面倒だ。

 まとめて燃えるごみの日に出してしまおう、そうしよう。


 悲しいかな。人生とは出会いと別れの繰り返しなり。


「流石にこれは、九尾のわらわもどうかと思うのじゃ」


「はじめて意見があったな。俺もだ……」

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