第21話 結構なお点前で九尾なのじゃ

 茶室。


 なんの因果か、今は会社のレクリエーションの最中。

 柄にもなく、寺社仏閣巡りなんぞをやるハメになったは俺は、久しぶりに顔を合わした同期と一緒になって、そこで正座をしていた。


 デスクワーク。

 立ち仕事もなければ、ほぼほぼ椅子に座りっぱなし。


 おまけにメタボリックに腹にシンドロームを詰め込んだ三十路男。

 そりゃ、正座なんてしようものなら、足も痺れるってもんだ。


 はやく終われよ茶会なぞ。


 せっかくのレクリエーションを楽しむ余裕もなく、そんな毒を脳内で撒き散らす。

 そうしながら、茶を点てる講師の姿を俺は静かに睨んでいた。


「――どうぞ」


 細い手が俺の前にこげ茶色の器を差し出す。


 濃厚な緑色をした液体が揺れるそれを手にする。

 作法など、さっぱりと分からない上に、とんだ茶番に付き合わされて辟易していた俺。片手でそれを持つと、ぐいと、それを一息に俺は喉へと流し込んだ。


 ぶほ、と、むせ返ったのは、何も、そのお茶が熱かったからではない。


「毛!? 毛が、もっさり入ってる!? どうなってんだ!!」


「狐の毛で作った茶筅で立てたお茶――なのじゃ。お口にあったのじゃ」


 またお前か。


 正面から聞こえてきた声。

 俺は、アホ九尾の加代がこの一件に絡んでいることを察した。


 だが、肝心のその姿がどこにもない。


 いや待て、言葉の流れ的に、茶の講師しかありえないだろう。

 と、見るや、ずるり、化け狐が鬘を外して、にんまりとこちらを見ていた。


「まんまと騙されたのじゃ!! やーいやーい、桜の間抜けなのじゃ!! わらわの変装に気づかぬとは、とんだオマヌケ、節穴おめめさんなのじゃ!!」


「お前そんな、かつらなんて用意してまで」


「お主にはいつもやられてばかりじゃからの。九尾の面目躍如、ここいらで一つ騙してやろうと、ちょっと奮発したのじゃ」


「奮発するところ間違えてると思うぞ」


「なに、これでお主を驚かせることができるのなら、かつらの一個や二個」


「いや、お前、化け狐なんだから。普通にかつらと同じ髪型にばければよかったんじゃ」


 ぽくぽくぽくぽく。


 ちーんと鉢が鳴りそうな間があいて、オマヌケなオキツネが一言。


「のじゃぁっ!!」


 やれやれ。化けすぎると、時々、自分を見失うこともあるらしい。

 化け狐というのも大変である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る