第16話 工場見学で九尾なのじゃ
「昼間から飲む酒の肝臓に染みること染みること」
しみじみとした思いで、俺は手にした缶ビールを呑む。
やはり休日というのは昼間っから酒を呑むに限る。
とはいえ、そんなことなんの理由もなくできる訳もない。
よくて花見。
悪くてやけ酒。
何かしらそうするための免罪符を人は求める。
とどのつまり俺がどうして今日、昼間っからビールを飲めるのか。
それはつまるところ、飲んでいていい場所に来ているからだ。
「ビール工場見学とか最高だな。できたてのビールが飲み放題とか。今から胸が、いや、肝臓が熱いぜ」
ビールを片手に巡るのは、某有名酒会社の直営工場。
たまたま応募したビール工場見学の抽選。
それに当たったという訳である。
工場に向かう途中のコンビニで買った缶ビールを片手に、俺は近代ビールの製造現場をとろんとした目で眺めていた。
まぁまぁ、なんと自動化されたシステムだこと。
こんだけ丁寧に管理していたら、そりゃ美味しいビールになるわ。
「えぇ、我が社は品質管理体制に以前から力を入れており、昨今ちまたで騒がれているような異物混入事件など起こらぬよう細心の注意を」
細心の注意ね。
まぁ、どこの会社もそう言うよね。
そうやって慢心したところが、結果、やらかすんだよな。
まるで他人事のように言ったが、俺もモノを作ることを仕事にするもの。
ゆめゆめ気をつけるとしよう。
工場長という感じのおっさんが、俺たち見学者を引き連れて、見学用の通路を説明しながら歩いていく。
そんな中、ふと、俺は通路横の窓から製造現場を見下ろした。
完全自動化された施設。
とおもいきや、白い服を来てとてとてと歩く人影が見える。
いや、違う。
よく見ると、その頭にかぶっているキャップが、もっこりと膨らんでいる。
ついでにそいつの尻が異様にでかいのも気になった。
そう、まるで、尻尾が九つ生えているかのような、もっこりぶり。
まさか。
いや、ここ最近の展開的に考えて、そうとしか考えられないよな。
「――オキツネ、混入しとるがな!!」
遠く眼下のその影は、間違いない。
俺の仕事先やらなにやらに、頻繁に現れる、お邪魔フォックス娘の加代だ。
そうか、ついにあのアホギツネも工場勤務か。
夜型のキツネに日勤は厳しいのではないだろうかねぇ。
「しかしあいつ手に何をもっているんだ?」
抱えているのは何やら大きなバケツ。
蓋がされている青い色をしたそれを持ちながら、何やら駄女狐は、周囲の視線を気にしているように見えた。
まさか。
いや、そんなアイツに限って。
異物混入といっても、いろいろな類のものがある。
たとえばよくあるのが製造装置の一部が壊れて混入したもの。
次に、食料品などでは不衛生だが無視などの害虫の混入だ。
そして、その次に思い浮かぶのが――怨恨などによる従業員の意図的な混入。
「馬鹿よせ、お前、そんなことしたらクビじゃ済まないぞ」
下手すりゃ賠償責任だ。
これだけの規模の工場をストップさせたとなったら、どうだ。
一千万だとかそういう、べらぼうな負債を追うことになる。
ただでさえ貧乏なあのキツネに、そんな物が払えるのか。
こんな風にバイトぐらししている時点でどだい無理だろう。
哀れキツネ。
この上は、世にも珍しい九尾のカーペットにでもなるしかない。
それでも一割も弁償できるだろうか。
というか、まず買い手がつくか分からんが。
と、その時だ。
ついに加代が蒼色のポリバケツの蓋をあける。
黄金色に輝くバケツの中。
中から飛び出してきたのは――そう。
おいなりさん。
茶色いおいなりさんがびっしりと、その中には詰まっていた。
「ちなみに、あそこで遅めの昼食を食べているのが、我が社の新しいイメージガール、九尾の加代さんです。昼食に、毎日いなりずし百個で独占契約を結んでいます」
「ややこしいわ!!」
なんでよりにもよって、アイツなのか。
いつものように突っ込みたくなる俺の視線に、ふと、吊り下げ看板に描かれた狐のロゴマークが飛び込んでくる。
麒麟、河童と来たならば、九尾がロゴに描かれているのも――まぁ、あるか。
いやないと思うな。
限りなく、止めておいた方がいいと、俺は思うなぁ。
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