第15話 漫画家さんとアシスタントで九尾なのじゃ

「いやぁ、桜もついに一人プロジェクト任されるようになったのか」


「まぁ、三人月もない小規模なプロジェクトですけどね。」


「あの桜がねぇ。よく出先から電話かけてきては、すみません、ローカルでビルドした奴は動くんですけどとか言ってた、あの桜がねぇ」


「やめてくださいよ。昔の話でしょう。一年目か、三年目か、五年目くらいの」


 若い頃はそりゃ経験ないんだからそういうミスもする。

 その時その時を、一生懸命やっているんだから、それでいいじゃないか。


 その一生懸命頑張っている若かりし頃。

 そんな俺を、親身になって世話してくれた先輩の家に、今日は遊びに来ていた。


 俺の三歳上になるその先輩は、そりゃまぁよくできるプログラマーだった。


 書くコードはバグがなく。

 デバッグやらせりゃすぐ原因を突き止め。

 客と話せば笑いが絶えず。

 資料を書かせれば誰もが唸る。


 そんなスーパープログラマー。


 将来を約束された彼だったが、俺が三年目になった秋に、突然会社を辞めた。


 理由は某少年漫画雑誌での週間連載が決まったから。

 とまぁ、とんでもないものだった。


 彼はそう、プログラムと共に、絵もまたとんでもなく上手かったのだ。


「そういう意味では先輩の方が凄いっすよ」


「そうかい?」


「そうですよ、今じゃ某雑誌のパンチラ製造装置。下手なコンビニ漫画より使えるって、小中学生が言ってますよ」


「まぁね、お客さんのニーズに応えるのは、商売人の基本だよ」


 その基本がなかなか出来ない。

 だから、社会人ってのは苦労しているのに。


 ここは某漫画家の制作スタジオ。

 その応接間兼リビングに腰掛けて、先輩は大御所よろしく豪快に笑った。


 前の仕事をしていたときよりも三割減になったその恰幅。

 いやはや、俺もそろそろ、今の会社を辞めたほうがいいのかもしれないな。


 と、そんな彼の背中では、アシスタントの子たちがせっせと作業をしていた。


「いや、遊びに来ておいて言うのもなんですけど」


「なんだい?」


「いいんすか、先輩? 仕事しなくっても?」


「あぁ、ウチは分業制だからさ。自分の仕事こなしたらそれで終わりなのよ」


「先輩の作業って?」


「ネームとメインキャラの線入れ。あとは、全部おまかせよ」


「あ、それ、こち○かなんかで読んだことある奴だ……」


「正直、可愛い女の子はかけても背景は得意じゃないんだよね。それより、これはと思うアシさんにお任せした方が、よっぽど良いものができる」


 プログラミングと同じ。

 得意な人に得意な所は任したほうがいいのよ。


 あっけらかんと言う先輩。

 その発言にショックを受ける子供や、大きな子供がどれだけいることだろう。


 聞かなかったことにしよう。

 そう、俺が視線を逸した先に。


「のじゃ、のじゃ。分からんのじゃ」


「おい、新人!! なに手を止めてんだ!! はよベタ塗れよ!!」


「……どうしてこの女は、おぱんつ見られたというのに、恥ずかしがるどころか喜んでるのじゃ」


 額に冷却シート。

 狐耳の先にこんにゃく。


 そんな不気味な格好をしたアシスタントオキツネ様がそこにはいた。


「分からん、人間の女子の考えることが、ちぃとも分からんのじゃ」


 おい、おい。

 王を誑かして国を傾かせる九尾の狐よ。


 色恋沙汰やら、愛憎劇やら、そういうのにお前は長じているんじゃないのか。


 そのお前が、どうして女子の心が分からんと言う。

 逆にこっちの方が分からんよ。


 というか、ここにも出るかフォックス。


「なんであんなの雇ったんすか、先輩?」


 もはやアイツがどこでバイトしていても。

 いつ俺の前に現れても。

 俺は驚かない自信があった。


 しかし、アイツを雇う側の心理については未だに腑に落ちない部分がある。

 思わず俺は先輩ということもあって、それを尋ねてしまった。


 いや、うん、と、先輩が言いよどむ。


「次の漫画で猫耳娘に挑戦するから、その資料にいいかなと雇ったんだけどね」


「普通にレイヤーさん雇って、猫耳つけたほうが安上がりだったと思いますよ」


「ほら、ドジっ娘属性もあるから」


「ドジで許される限度みたいなものがあるじゃないですか」


 うぅん、と、唸って考える先輩。

 あ、この人、きっとノリでアイツのこと雇ったな。


 昔から良くできるだけに、そういうところあったからな、この人。


「まぁほら、抜け毛を集めれば筆になるよ?」


「そこいらの文具屋で買いましょうよ」


「えぇ、けど、いいじゃない」


「先輩、そんなこと言ってると、そのうち尻尾で全部原稿塗りつぶされますよ」


 それはもうやられたよ、と、先輩。

 やつれた彼の顔の後ろで、九尾を出したオキツネさま。


 その尻尾は、ここ数日みたことないくらいに、どす黒く染まっていた。

 もうやらかした後か、フォックス。


「のじゃぁ、分からん、分からん、女心がゲシュタルト崩壊しそうなのじゃぁ!!」


「いいから黙ってペン動かせ新入り!!」

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