第14話 オキツネCEOで九尾なのじゃ
派遣PGなんてやってると、時々頭のおかしい会社に派遣されることもある。
一日中般若心経をコンソールに打ち込んでいる社員がいたり。
サーバルームからミイラになった社員が発見されたり。
チェックアウトしてないファイルが、何故かチェックアウト済みと警告されたり。
まぁ、そのおかしさは会社によりけりだ。
しかしながら、今回派遣された会社のおかしさは、その中でも群を抜いていた。
というのも、全員が全員、頭の上に第二の耳を付けているのだ。
黄色くてふさふさとした狐耳を。
「これは最先端の補助記憶媒体、オキツネデバイス」
「オキツネデバイス」
「これを付けることにより、タッチレスで入構管理、構内のどこにいても社員同士でボイスチャット可能になります」
「ボイスチャット」
「さらに、歩数計測や心拍数チェックで健康管理、音声ガイダンスでタスク管理も行えるという優れものなんですよ」
「――へぇ、そりゃ便利なこって」
すくなくとも、後ろ二つは仕事には必要ない機能だと思う。
いくら便利だからといって、そんな気が狂ったようなアイテム付けたくないな。
ほれ、あちらのハゲ散らかしたおっさんなど、どうだ。
まるでどこぞの怪しいクラブで、遊んでいるような雰囲気しかない。
ネクタイと狐耳。
この取り合わせのいかがわしさたるやどうだろうか。
良い社会人が、昼間からする格好じゃないよ。
「あちらは営業企画部の稲川部長ですね」
「稲川部長」
「オキツネデバイスをつけてから、家庭も腸内環境も改善して毎日快便だそうです」
「思い込みじゃねえの?」
プラシボ―効果という奴だろ。
そんなんで人生上手くいくようなら、全人類、今頃猫化してるっての。
アホか。
「にょっほっほ、皆、頑張っておるかのう」
と、その時。
やはり、というか、もうおきまりのように聞き覚えのある声がした。
すぐさま社員が起立すると腰を直角に曲げて礼をする。
すりガラスの向こうから、ミンクの毛皮をまとって現れた、妙にリアルなオキツネデバイスを付けたその女。
彼女は九つのい尻尾をふりふりと振ってこちらに歩いてきた。
いうまでもない。
加代である。
「オキツネCEO!! 今日も、おつかれさまです!!」
「はい、おつかれさま、なのじゃ」
なにやってるんだこのアホ狐は。
CEOって。
こんなアホに務まるような役職じゃないだろう。
呆れて突っ立っている俺に近寄る加代。
彼女はじろじろと、まるでいつもの腹いせとばかりに俺を眺めてきた。
「なんだよ」
「うぅん、君が今日からうちで働く、桜くんなのじゃ?」
「そうですけど」
「なるほど、初めて会った気がせんのじゃ。どこぞで会ったかのう」
「会った会った。昨日、高架下でワックスとボロ雑巾持って、社長さん、靴磨きはいらんかえ、黒塗りのベンツみたいにぴっかぴっかじゃぞ――って言って、近寄ってきた小汚い乞食だろう、アンタ」
「そんなことやっとらんのじゃ!!」
「いや、確かに俺はこの眼で見た」
「社員の前でなんてこと言うのじゃ!! 相変わらず失礼な奴なのじゃ!!」
はいはい、いつものオキツネ娘さんじゃないの。
顔を真赤にして尻尾をおっ立てて抗議する彼女の姿に、俺は安心した。
と、穏やかではない視線が、俺へと向けられる。
後ろを向けば、さきほどまで直角で頭を下げていた、オキツネ社員たちが、ずらりと並んでこちらを見ている。
「え、なに?」
「くっくっく、残念じゃったの!! 今の
「え!? マジなの!? ギャグじゃなくって!!」
「そんな
「お前、予想外に社員に人望とかあるわけ?」
「なければ皆して、こんなデバイスつけとらんわ!!」
だよな。
すぐさま、まるでアブナイ系宗教の信者みたいに、白目をこちらに向ける社員。
こらまずい。
「桜よ、悪いことは言わん、今日ばかりは素直に
「俺とお前の仲って、別に、よく顔合わすだけの赤の他人だろう」
「いなりずし四個で!!」
「安いな、俺の身の安全!! 誰が謝るかこのアホ狐!!」
「のじゃ!! やっぱり、いなりずし六個じゃないと許してやらんのじゃ!! このアンポンタン!!」
オキツネCEOが癇癪に拳を振り上げたその時だ。
「緊急連絡!! 緊急連絡!!」
突然、社員のオキツネデバイスから、けたたましい警告音が発せられた。
さすがにこの人数のデバイスが一斉になると、いかにも緊急事態って感じだな。
「ただいまオキツネカンパニーが、ポンポココーポレーションにより買収されました。オキツネCEOは本日を持って解任。後任には――ポンポココーポレーションより、オタヌキ氏が就任する予定です」
顔を見合わせるオキツネ社員たち。
ぽかんと立ち尽くす、オキツネ元CEO。
と、その前で、彼らはその頭につけているデバイスを外すと、まるでこれまでの鬱憤やらなにやらを全てぶつけるように、それを床へと叩きつけたのだった。
「グッバイ、オキツネCEO、フォーエバー!!」
「のじゃあぁぁあぁぁっ!!」
人徳あるんじゃなかったのかよ。
哀れ、オキツネ元CEO。
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