第13話 次は窓際ビルディング前で九尾なのじゃ
だいたいどこの会社でもそうだ。
人間――従業員の持てる力を限界まで奴等は引き出そうとする。
サービス残業禁止。
充実したアフター5を。
なんて謳っておいて、いざ帰ろうとすれば。
「もう帰るのかい」
なんて、誰かに言わせるシステムをそれとなく構築するものだ。
アホらしいことこの上ない。
だが、この現代社会に組み込まれたビジネスマンシステムには逆らえない。
逆らえば食いっぱぐれて野垂れ死ぬだけなのだ。
世界広しと言えど、苦しむために生きるなんてのは、日本人くらいだ。
誇りを取り戻す前に、まず人生の自由を取り戻した方がいいんじゃないかね。
とまぁ、そんな日本人が、唯一、定時近辺で帰ることが許される。
それが、いわゆる、やむをえない事情と言うやつだ。
それは例えば家族の世話だとか、どうしても外せない用事、なんてもの。
そして一番やりやすいのは、終電、という奴である。
遠くに住んでいれば住んでいるほど、その終電、という奥の手は、時刻的に早く使えるようになってくる。
「すみません。俺、次のバスが最終なんで」
そう言って俺は派遣先の事務所をするり抜け出すとビル下の停留所へ向かった。
さほど大きくないビルだが、毎日バスが止まってくれるのはここのいいところ。
しかし、毎晩、俺だけが乗るような塩梅で、やっていけるのかね。
市の運営だからそのあたりはどうにでもなるのか。
「蛸壺ビル前、蛸壺ビル前。IT業界のタコ部屋、低賃金で搾取されたい情報系ドカタはここでお降りください――なのじゃ」
「おい、縁起でもないこと言うなよ。なんちゅうアナウンスだ」
いやまぁ。
実際、毎日終電だし。
搾取されまくりだけれども。
と、心の中で突っ込みながら、俺はふと、アナウンスの声に聞き覚えを感じた。
疲れていたからだろうか。
それでも、警戒せず、バスに乗り込んだのが運のつき。
背中で扉が締まる音がする。
ようこそ、ここが地獄の一丁目、とばかり、くるりとこちらを振り向いた車掌。
その頭はショッキングな黄色い髪で満たされていた。
「次は地獄の二丁目なのじゃ!!」
「ゲェェエエッ!! 妖怪バス!!」
「失敬な、バスオキツネなのじゃ!! ジブ○の世界観なのじゃ!!」
何がジブ○だふざけやがって。
お前みたいな頭身デカくて成年漫画雑誌に出てきそうな狐耳。
あの世界に出てきたらお子様が泣き出すわ。
いや、待て、紅の○路線ならワンちゃんある――。
いやないか。
「というかお前、なんでバスの運転手なんて。そもそも免許持ってるのかよ」
「免許合宿で取ってきたのじゃ」
「どうしてそういうのには強いのに、実践には弱いかね」
「失礼な!!
なるほど。
確かに携帯電話を見れば、市営バスにしては珍しく、定刻付近の到着だ。
なかなか優秀じゃないか。
いや、単に乗る人が居ないから、調整がしやすかっただけでは。
まぁいい。
「とりあえず、地獄の二丁目はスルーして、さっさと駅まで行ってくれない」
「分かったのじゃ。任せるのじゃ」
最初に文句こそ言ったが、割りと真面目にやっている狐娘。
運転も問題なくこなせている感じだ。
なんだつまらん、今度こそ、まともに就職か。
と、思ったときだ。
「さぁ、そろそろ本気を出すのじゃ!! オキツネバス、GO!!」
ふわり、空を飛んだかと思えば、ビルの頂上を越えて窓の外に月が見えた。
オキツネバス、空を飛ぶ。
窓の外には駒に乗って空を飛ぶ毛むくじゃらの生命体。
あれは、ト○ロか、はたまた、トキ○か。
バスが空を飛ぶなんて。
やれやれ、なんて近未来的な展開だろう。まったく、参っちまうぜ。
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