第10話 ストライクバッター九尾なのじゃ

 派遣会社も一応人が集まる組織である。

 百人規模の人間が集まれば、クラブ活動なんてものにも手をだす訳で。


 かくいう俺もまた直属の上長に頼まれ、会社の野球チームに所属していた。


 小中高と学生時代にまったくスポーツなんぞやって来なかった。

 にもかかわらずだ。


 なんといっても野球は九人いないと試合ができない。

 頭数は、腕の善し悪しより先に大切なのだ。


「しかし、ツーアウト満塁のこの状況で、よりにもよって回ってくるかね打席」


「やったれ桜!! お前、ここで打ったらボーナス1.2倍だぞ!!」


「そして上司からの励ましの声が妙になまめかしい」


 1.2倍になったところで、桁が変わるわけでもなし。


 ついでに貰った所で、雀の涙、焼け石に水、なんて言葉の似合う微々たるもの。

 何が買えるというものでもない。


 やる気が出ないなとネクストバッターズサークルで待機していた俺は、のっそりとその場に立ち上がった。


 まぁいい、やれることをしよう。


「これバッター!! はよバッターボックスに入るのじゃ!!」


 そんな俺の静かな決意をぶち壊すように声。

 見れば、キャッチャーの後ろに立っているアンパイア。

 その頭に、不穏当な黄色い獣耳が生えているではないか。


「なんでお前が神聖なグラウンドにいるのか」


「酷い!! 男女差別なのじゃ!! このゴローマリュなご時世に、女が土俵やグラウンドに入っちゃいけないとか、古臭いのじゃ!!」


「この場で一番古臭い感じのお前がそれを言うかね」


 そしてゴローマリュは野球じゃない、ラグビーだアホ狐。


 趣味かはたまた新しいバイトか。

 どうして、獣耳娘の加代が、アンパイアとしてバッターボックスに待機していた。


 あかん。

 こいつが現れると大抵、ろくなことにならないのだ。


「しかしお前、野球のルールなんて分かるのか」


「馬鹿にするでない。球遊びは昔から得意なのじゃ」


「蹴鞠とか? だったらサッカーの審判でもしてろよ」


「お手玉遊びも得意なのじゃ。任せておくのじゃ」


 お手玉と野球じゃ勝手が違うだろう。


 本当にこんな奴にアンパイア任せて大丈夫なのか。

 そんなことを思いながら、俺はバッターボックスに立つのだった。


「――トラーイク!!」


 あきらかにボールの位置に入った球を、高らかに宣言するのじゃ狐。

 案の定、彼女の審判は信頼できないものだった。


 あかん、これ、絶対に分かっていない感じの奴だぞ。


「おい、アホ狐。さっきのはボールだっただろ」


「のじゃ!! 審判に歯向かうつもりなのじゃ!! そんな失礼な選手にはイエローカード出すのじゃ!!」


「だからそれはサッカーだろ!!」


 こいつ、さては全部ストライクって言うつもりだな。

 畜生適当な仕事しやがって。


「桜!! 打て、打つんだ!!」


「ボーナス1.2倍だぞ!!」


「だぁもう、分かったよ!! 打てば良いんだろう、打てば!!」


 悪球打ち、明らかにボールコースのそれに手を出す。

 しかし、やはり流し打ちには無理がある。ボールは逸れて、ファールゾーンへと転がっていったのだった。


 すると、後ろのお狐アンパイアが一言。


「フォーックス!!」


「ファールだ、このバカ狐!!」


 野球用語くらい、ちゃんと覚えてから来てください、どうぞ。

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