第8話 妖怪モップ要らずで九尾なのじゃ
「加代君。君の働きぶりは目を見張るものがある」
「のじゃぁ。照れるのじゃぁ」
「いまどきの子たちにはない実直さや誠実さがその挙動の節々から感じられるよ」
「のじゃぁ。それほどでもないのじゃ」
「その慎ましやかなところも素晴らしい。今や失われて久しい大和撫子の心が、君の中に息づいているのを感じる」
「大和撫子とは、ちと言い過ぎではないか。まぁ、悪い気はせんがのう。ふふん」
「加代君、どうか今後とも、末永くうちで働いてくれたまえ。よろしく頼むよ」
「こちらこそよろしく頼みますなのじゃ」
モップを片手に、にょほほほ、と、気色の悪い笑顔を見せるアホ狐。
例によってここは俺の派遣先のオフィス。
そしてまた例によって、どういう訳か俺の居る階の清掃員として雇われた、九尾のポンコツ狐さまである。
しかしながらどうして。
今日はあの三千年に一度の駄女狐が、何故だか人に誉められていた。
何故だホワイ。
「なんじゃ、どうしたのじゃ? まるで狸につままれたような顔して?」
「今まさに狐につままれてんだけど」
「のじゃ?
だから、お前だっての。
まぁいい、このポンコツに付き合ってても、仕方がない。
今問題なのはそう――彼女が人前で報奨されている、その事実の方だ。
「お前、なにやったの? ついににっちもさっちもいかなくて、怪しい術でも使って人をたぶらかしたりしたの?」
「人聞きの悪いこと言うでないわ!!」
そうだな。
そんなことできるなら、とっくの昔にしてるわな。
人を騙すことができない、そういう力のない駄女狐だから、こうしてあくせく汗水流して働いてるんだよな、お前。
なんでそこで泣くのじゃ、と、怪訝な顔をする加代。
今回ばかりは、こいつのために涙が頬を伝った。
長く生きてても、九尾でも、ダメな奴は何やってもダメなんだ。
いや、今回はダメじゃなかったんだな。
「まぁ、
「おいおいお前さんは狐だろう」
「せいぜいお主も与えられた仕事を真面目にやってみるのじゃ。成功は日々の小さな精進の積み重ねということなのじゃ」
にょほほほ、と、まったく答えになってない回答と笑い声を残し、加代の奴は俺に背中を向けた。
ふと、その尻に、にょきりと尻尾が生えているのに気がついた。
おいおいまたそんな無用心な、と、思った矢先、それがいつもよりも薄汚れていることに、俺は気がついた。
そしてその代わりに、加代の歩いた道筋が、つるりと綺麗に雑巾がけでもしたように磨きあがっていることにも。
「さぁ、気合を入れてモップがけするのじゃ!! ツルツルピカピカに仕上げてやるのじゃ!!」
握ったモップを床につける加代。
中腰になった彼女の尻の尻尾もまた、同じように床についた。
うん。
九本もあれば、そりゃまぁ、綺麗になるのは道理だろうな。
「わざとやってるのか? いや、あいつに限ってそれはないか――」
妖怪モップいらず。
真実を告げるのは、もう少し待ってからにしてやろう。
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