第7話 バックオーライで九尾なのじゃ

 連休で久しぶりに実家に帰った俺。

 しかし、実家というのはくつろぐところではなく、こき使われるところ。


 ごろごろしているところを体よく見つかった俺は、母に頼まれて近場のガソリンスタンドへ、車の給油に行くことになった。


「オーライ、オーライ、オーライなのじゃ」


 久しぶりの車の運転である。

 緊張のためか、聞こえるはずのない声が聞こえる。


「ハイオクなのじゃ? レギュラーなのじゃ?」


 そして、サイドドアの向こうに、黄色いキツネ耳を生やした娘の姿。


 幻聴+幻覚とは、そろそろ本格的に精神がやばいかもしれないな。


 まぁ、実家と言っても、俺が住んでいる街のすぐ隣だ。

 電車で十分もかからない場所である。

 バイトでここまで出張ってきてもおかしくない。


 だが。


「俺の貴重な休日を、なんでお前は毎度毎度ぶち壊すのか」


「のじゃ? なんじゃ、お主か。ほんとよく会うのう、ストーカーか?」


 今からでも遅くない。

 アクセル踏み込んでこのガソリンスタンドを後にすることも考えた。


 だが、そんな気力も萎えてしまった。

 俺は注文の代わりにため息をキツネ娘に返したのだった。


「毎度毎度、顔を合わすなり嫌な顔しおって。失礼なやつじゃのう」


「だってなぁ、もう絶対、二度と会うつもり無いのに、こう何度も顔合わせりゃな」


わらわがガソリンスタンドで働いておるのが、そんなに不思議かえ?」


「お前さんの存在自体が不満なんだが」


 なんだよキツネ娘って。


 そんなもん二次元の中だけの存在にしとけ。

 実際にいてもろくに仕事もできんわ、チョンボやらかすわ、てんで社会の役にたたんのだから。


 それも愛嬌だと?

 そういう属性のない人間にしてみたら、ただの厄介な奴だっての。


「巨乳だったらまだ許せたかも知れないが」


「ぎゅうにゅう? なんの話なのじゃ?」


「なんでもねえよ。それより、レギュラー満タンな」


「わかったのじゃ。レギュラー満タン入りまーす、なのじゃ」


 化けキツネはそう言うと、耳をフリフリ給油器へと向かう。

 するとこの駄女狐、不用意にノズルに触ろうとした。


 静電気除去はどうした。お前、それでもガソリンスタンド店員か。

 おい、と俺は後ろから怒鳴りつける。


 するとどうだろう。

 ぽん、と、狐娘の尻に尻尾が生えた。


「な、なんなのじゃ!? 急に大声で怒鳴らないで欲しいのじゃ、怖いのじゃ!!」


「おいアホぎつね、ちゃんと耳しまってから給油しろ。そんなもふもふしたもん揺らして、静電気起こして車爆発したら大変だろうが」


 あぁ、これは失礼したのじゃ、と、ひょいと耳と尻尾を引っ込める加代。

 失礼で人死が出たらどうするんだよ。


 まったく、と、呟いて俺は車を降りた。

 給油待ちで時間もあることだしコーヒーでも買ってくるか。


 と。


「へくち」


 背中を向けた矢先、狐娘がくしゃみをした。


 ぼわり、と、何かが燃える音。


 振り返るとそこには、赤い火の玉がふわりと宙を浮いていた。


「あ、しまったのじゃ。油断しててつい、狐火出ちゃったのじゃ」


 出ちゃったのじゃ、じゃ、ねえ。


 静電気とかそれ以前の問題だろう、お前、それ。

 

 こりゃまた長続きしそうにないな。

 せめて、加代の奴が犯罪者にならないことを祈っておこう。

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