第6話 真夏のビーチで九尾なのじゃ

「はぁ、おっぱいおっぱい」


 夏休み。

 なにもすることがない俺は、一人、真夏の海岸へと遊びに来ていた。


 別に泳ぎたい訳じゃない。

 真夏のビーチではしゃぐ女の子たちの姿でも見て、たわわに揺れるビーチおっぱいでも見て、英気を養おうという次第である。


 やれやれまったく最近の若い娘は、けしからん身体をしおってからに。


 眼福眼福。


「アイス。アイスキャンデーはいらんかえー」


 はて。


「おいしいしゃりしゃりのアイスキャンデーはいらんかえ」


 と、そんなバカンス気分の俺の耳に、あまり聞きたくない声が届く。

 おい、こんなところにまでアイツは現れるのか。


 いや待てしかし、今日はのじゃのじゃ言っていないじゃないか。

 きっと似た声なだけで、赤の他人。


「のじゃ!? お主、こんな所で何しておるのじゃ!?」


「うわい、俺の人生の貴重な水着回が、こんな奴とか」


 現れたのはまな板すってんどんの黄色い髪のお狐さま。


 頭にサンバイザー。肩からはクーラーボックス。

 ちょうどパイスラッシュの形になっているというのに、まったくボリュームのないお胸様で、俺はもう本当にこの上なく悲しい気分になった。


 しかもTシャツ。


 水着ですらない。


 おまけにシャツの文字が、「夏だぜベイベー」って、もうね。


「最悪か」


「なんじゃ!? なんで人の顔を見るなり、そんなことを言うのじゃ!?」


「やはり最悪か」


「性格悪いのじゃお主!!」


「というか、人じゃねえし。狐だろうが、お前」


 また何かしらの仕事をクビになったのだろう。

 今度は海の家でアイスキャンディ売りですか。


 ほんと、仕事にありつくことにかけては天才的だなお前は。


「まったく、びっくりしたのじゃ」


「そりゃこっちのセリフだっての」


「のじゃ? もしかしてお主、一人で海に来たのかえ?」


「……そうだが」


「何をしに――ハッ、まさか!!」


 何やら青ざめた顔をして、俺の肩をつかむオキツネ様。

 はてさてまた、なにを勘違いされたのかね、この駄女狐は。


「はやまるでない、思いとどまるのじゃ!!」


「なにをだよ」


「水死体は原型を留めなくなってそれはそれは悲惨なことになるのじゃぞ!!」


「しねーよ!! 入水自殺とかするのに、ビーチ選ぶ訳ないだろ!! バカか!!」


 どうしてそういう発想になる。

 一人で海に遊びに来たらいかんのか。そういう法律でもあるのか。


 独り身は海に近づくことさえ許されないってか。


 いやまぁ、実際、一人で来るのはどうかしてると思うけど。


 なんじゃそうなのか、と、ほっとした表情を見せる加代。

 しかし、安心するや一転、うぷぷと、今度はバカにするような視線をこちらに向けて来た。


 こいつ、いい性格してるわ。

 ほんと腹立つ狐。


「寂しいのじゃ、哀れなのじゃ、一人で海水浴とか青春の敗北者なのじゃ」


「海の家でバイトしてる時点でお前もおなじようなもんだろ」


「わ、わらわは別に一人ではないのじゃ。ちゃんとお供を連れておる」


 お供、と、俺が尋ねると、管狐じゃ、と、加代。


 しかし、だ。


「どこに居るんだよ。見たとこ、どこにも管なんて付けてないが」

 

 加代の身体の何処にも、管狐が入っている竹筒が見当たらない。

 興味本位で訪ねてみると、にんまりと彼女は笑ってクーラーボックスを指差した。


「暑くてバテてしまうといかんからのう。クーラーボックスに、アイスキャンデーと一緒に入れておいたのじゃ」


「おいおい、お前それ、間違えて人に売ってないだろうな」


「のじゃ。馬鹿にするでない、流石にわらわでもそんなことするわけ――」


 そう言って、クーラーボックスの中を覗き込んだお狐さまの顔が、ソーダアイスよりも、ブルーオーシャンよりも、さぁと青くなる。

 俺はあえてそれを見て見ぬふりをした。


 まぁ、夏だしな。

 キツネに憑かれるのも風物詩――かもしらん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る