第5話 地縛霊で九尾なのじゃ

 派遣先のビルで怪奇現象が起きた。

 ちょうど俺が通っている部屋の真下のトイレに幽霊が出たのだという。


 そいつは青い顔をしたろくろっ首で、黒目がちの眼をギョロつかせて、男子トイレの個室を覗いていた。


 結果、それを目撃した、下の階の部長さんだか誰だかが、心臓発作を起こして入院中。噂では、半年前に自殺した社員に祟られたのだと、か。


 まぁ、幽霊なんて居ないから、どうせ気のせいだが。


「むむむっ!! ここから強い霊力が感じられるのじゃ!! 悪霊は下の階ではなく、今度はこちらの階に移動したのじゃ!!」


 妖怪は居るみたいだが。


 白衣に緋袴。

 手には榊の枝を持って難しい顔をした黄色髪の女が、ずかずかと俺たちの仕事場に入ってきた。


 眼が合うなり、あ、と、眼を丸くするそいつ。


「のわぁああっ!! 悪霊退散、悪霊退散なのじゃ!!」


「誰が悪霊退散だボケ!!」


「なんでここに居るのじゃ!? お主の仕事場はもっと下の階では!?」


「派遣だからな。今の仕事が落ち着いて、こっちに移ったんだよ」


「なんじゃそうじゃったのか。私はてっきり生霊かと」


 おい、妖怪。おい。

 仕事場の手前どつかなかったが、勝手なこといってくれるな。


 何が悲しくて、お前みたいなオマヌケキツネに、生霊になってまでとりつかなくちゃならないんだ。そんな暇してないっての。

 むしろお前が俺に取りついてるんじゃないのか。


「しかし、妖怪が悪霊退治とは世も末だな」


「シーッ、それは言わないお約束なのじゃ。談合だと怪しまれるのじゃ」


「聞いても誰も信じないっての」


 幽霊信じてる連中相手だが、こいつを霊能力者と信じた時点で、お察しだろう。


 俺、なんでこんな奴らに雇われてるのかね。

 社会人は辛いよ。


 なんて打ちひしがれる俺をよそに、むむむ、むむむと、加代は榊をフリフリ、袴を引きずり辺りを見回す。


「強い、強い気配を感じるのじゃ!! 間違いない、悪霊は、このフロアの中に居るのじゃ!!」


「居るわけねえっての。お前、そんな幽霊なんて、なぁ」


 俺は隣のデスクに座る、同僚に声をかけた。

 そいつは寝不足の青白い顔を俺に向けるとにたりと、笑って一言。


「ウポポポッポッポッッッポポポポ!!」


 居た。

 隣に幽霊は居た。

 俺の隣で普通に仕事をしていた。


 その時、俺は気がついた。


 俺の隣に同僚なんていないことを。

 同僚が居たのは、前の職場。


 この職場には、一人で派遣されてきて、肩身の狭い想いをしていたということを。


「うわぁああああっ!?」


「のじゃあああぁああっ!?」


「ウポポポポポポポッッッ!!」


 口から不気味な音をひとしきり鳴らす。

 そうすると、青白い、隣の同僚は、すっとその場に姿を消した。


 残されたのは静寂。


 そして、眼を回してその場に倒れ、耳と尻尾をさらけ出した、哀れな狐の除霊師さんの姿であった。


「耳が!! 呪いで耳が生えたぞ!!」


「祟りじゃ!! 祟りじゃぁっ!!」


 いやまぁ――違うんだけれどな。

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