第2話 保険見直しで九尾なのじゃ

 昼休み。


 派遣先のオフィスの休憩室。

 カップラーメンに湯を注いでいた俺の肩を、とんとんと叩く者があった。


「こんにちわなのじゃ」


 昨日、勤務先近くのコンビニを、クビになっていた黄色い髪の女であった。

 どうしたことか、今日は彼女、黒いスーツに身を包んでいる。


 クビになってまだ一日だというのに、なんとも気の早い転職である。


わらわは、じゃなかった、私日本コンコン生命の加代と申しますのじゃ」


「申しますのじゃ?」


「おほん。小僧、お主もしもの時の備えはちゃんとしておるのかのう。便利で安全な世の中になったとはいえ、やはり病と人間は切っても切れぬもの。そんなもしもの場合に備えるのは、社怪人として当然の心構えじゃ」


 はぁ。


 どうやらこの女、コンビニ店員から生保レディにジョブチェンジしたらしい。

 狸や狐もびっくりな変わり身の早さだ。


 そこそこ語りが様になっているのが、なんとも腹立たしい。


「そこで、日本コンコン生命の、家内安全おいなりプラン。ご契約いただければ、当社指定の病気にかかった時には最大300万円の見舞い金が」


「あ、大丈夫です。残す相手いませんから」


 なんと、と、絶句する、加代、とかいう生保レディ。


 もちろん大嘘である。


 大阪暮らしの父ちゃん母ちゃん、それに学生の妹と、それなりに家族はいる。


 ようは断る口実という奴だ。

 こういう決め台詞というのは普段から用意しておくに限るね、まったく。


 しかし――。


「だったら、尚のこと契約して欲しいのじゃ!!」


 そんな俺の思惑を微塵も察せず、ぐいと生保レディは俺の手を握る。。

 なんと彼女は強引に、俺の指先に朱印を塗りたくると、契約書類をぐいぐいと突きつけてきた。


 ふと契約書の内容が目に入る。

 どうして、その保険金受け取り先には――加代、と、どこかで見た名前があった。


わらわの業績のため、そして、生活のため、入ってくれなのじゃ!!」


「無茶苦茶だ、なに言ってんだ、お前!?」


「籍は入れてなくっても、契約書があれば大丈夫なのじゃ!!」


「大丈夫じゃない!!」


 当然、次の日も、その次の週も、スーツ姿の彼女をオフィスで見かけることは、これっきりなかった。

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