第32話 ネットショップの開店
王子様の難題に、私なりの答えを出した次の日。
「はぅっ、凄い」
私が見つめる先には、異世界から買い付けた指輪があった。
シャープなエッジと力強く滑らかな曲線で掘り出された幻想の生き物、躍動感溢れそれでいて神秘的でもある。
デッサンに一分の狂いなく丁寧な仕上がり、これは自分の取り置きに… などと考えると、どれもこれも欲しくなり売るのが惜しくすら思える。
「出来には満足されたようですな。写真を取っていた私も、思わずシャッタを押しすぎて随分と枚数を撮りすぎたものです」
「いかんいかん、あまり見てると本当に売れなくなってしまう」
「では、第一陣で届いた35点のアクセサリーをもって、ネットショップ・ナナの開店と行きましょうか」
「あ、あの、与三郎さん。第一陣の商品は33点でお願いします」
やれやれと頭を振り与三郎さんは説教を始める。
「なんと、もう2つも取り置きですか? 気持ちはわかりますが、そんなことでは営業に支障をきたしますよ」
しまったなぁ、あの2つは与三郎さんに見つかる前に抜き取って置こうと思っていたのに、王子の難題のせいですっかり忘れていた。
「いや、あのね。実はうち2つは版権の問題で売れないと言うか…」
ピクリと眉を動かし、何かをやらかした娘を叱る直前の父親みたいな表情の与三郎さん。
「ほぅ、ではご説明頂けますかな」
「えーと、宮崎駿のアニメで名作の『カリオストロの城』ってのがあって… 私はそれがすっごい好きだったんですよ」
なるべく明るく話し始めた奈々子だったが、与三郎は全く表情を変えない。
「つづけて」
「その『カリオストロの城』のキーアイテムとして、2対の指輪が出てきて、それをどうしても作ってほしかったから… その映画DVDを何枚もキャプチャーしてプリントアウトして、これと同じものをってお願い…しちゃった」
「まったくもぅ。あの忙しい最中に! いつの間にそんな事してたんですか」
「あははは、怒られるかと思ってこっそりやりました。
でもでも、想像以上の出来で、向い合せにくっつけてひねるとカチッとハマって、側面のゴート文字まで再現されてるのよ」
楽しそうに語る奈々子に対し、やれやれと肩をすくめ、なかば匙をなげる与三郎だった。
「そういう事でしたら、その写真は削除しておかないといけませんな。
更新前のネットショップだからそれでよかったものの、実店舗だったら大問題ですよ。
以後慎むように」
「はぁい、スミマセンでした」
私の謝罪でやっとお怒りは解けたのか、与三郎さんは温和ないつもの与三郎さんに戻った。
「初めが肝心、と申しますし。厳しく行きましたが、まずはネットショップ・ナナの開店、おめでとうございます」
「ありがとう、ネットショップ与三郎に負けないように頑張ります」
こうして、アクセサリーのネットショップ・ナナが開店した。
実の所、先に開店したネットショップ・与三郎は狙い通り名刺・招待状などを中心に、順調な滑り出しを見せている。
一品物のアクセサリーで太刀打ちするのは、結構至難であったりする。
何はともあれネットショップ・ナナ、本日開店なのである。
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奈々子は暇さえあれば管理者のみが見られるアクセスカウンターを確認する。
「伸びない…、まったく誰も来ないよぉ」
開店して8時間、アクセスカウンターのカウントは7、そして奈々子が確認した回数も7回。
「検索ロボットすら来ないって、どうなのよぅ」
プゥと膨らむ奈々子のホッペタを見て、餅のようだと与三郎は思った。
「まぁまぁ、情報あふれるネットの世界、簡単に人の目を集めるのは難しいのでしよう」
「じゃあ、与三郎はどうしてそんなにアクセス稼いでるの?」
「私は、ほら自分の名刺をまず羊皮紙で作って、会う友人や取引先などに配っておりますから。
更に友人達にはサンプルと称して、結構な枚数の名刺用羊皮紙を渡しておりました。
実は更に、その裏には透かしでURLを入れてまして、気がついた人は興味からネットショップにアクセスしてしまうトリックなども使っております。
そして、そこから口コミで広めて行った、と言う感じですかね」
「うわ、老練だ」
「奈々子さんは、まず検索エンジンに登録するなり口コミで広めるアイデアを出すなりしたほうが、良いかと思いますよ」
「うーん、検索エンジンは良いとして、口コミかぁ。そうだ、会社辞めてから全然使ってなかったツイッターのアカウントとか使ってみるか」
「ツイッターですか。まぁ良いとは思いますが…」
「なによー、なんか引っかかる感じじゃないですか」
「くれぐれも、炎上とかしないように気を解けてくださいよぉ」
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