第4章 -15
「在人くん、私には会わなくても良かったの?」
「有紀乃、先輩……」
僕は、それ以上、何も言えなかった。
有紀乃先輩が目の前にいる。
初めて会った時のように、艶やかな長い黒髪を揺らして。
最後に会った時のようなやつれた姿ではなく、とても元気そうだ。
良かった……本当に良かった。
「せ、先輩……」
こみ上げる涙を止められず、僕の声は震えていた。
「在人くん、元気だった?」
「は、はい!」
「私のこと、覚えてる?」
「覚えてるに、決まってるじゃないですか!」
「でも私、昨日も大学に来てたんだよ。一昨日も」
「……え?」
禅先輩たちだけじゃなく、有紀乃先輩も大学にいたのか。
僕はなぜ気づかなかったんだろう。
魔法のせいで記憶を消されていたとしても、有紀乃先輩のことが分からなかったなんてどうかしている。
「在人くんと何度もすれ違ったのに、全然目も合わせてくれないし」
「えぇ?! 本当ですか?」
「ホントだよ。在人くん、私のことなんか忘れちゃってたんだよね?」
先輩は視線を落とす。
「そんなことないです! 僕はずっと一人で先輩たちのことを探してたんですよ! だけど、全然見つからなくて、みんなに聞いても知らないっていうし、御伽屋デパートもなくなっちゃうし……もう、どうしていいか分からなくて、ホントに……」
ここがカフェだってことも忘れて、僕は大声を出していた。
「そっかぁ。在人くんはあんなにひどい目に遭ったんだから、てっきり私はもう妖精界のことなんて思い出したくないのかと思ってたんだ」
「そんなわけないじゃないですか! それに、ひどい目に遭ったのは有紀乃先輩の方じゃないですか! 人間のせいで、大怪我までして……僕……先輩が死んじゃうかと思って……」
「心配かけちゃってごめんね。でもほら、もう大丈夫。元気だよ」
そう言いながら有紀乃先輩は、剣で刺された場所をさすってみせる。
僕は血まみれで倒れた先輩の姿を思い出しかけて、思わず目をぎゅっと閉じた。
「せ、先輩! 僕にもう一度、王様と勝負させてください! もう一度チャンスをください! 」
そう、今度こそ役に立ってみせる。人間を信じてもらうためなら、なんだって出来る。
それなのに。
肝心の有紀乃先輩は、きょとんとした顔で僕を見つめていた。
「先…輩……? やっぱり、もう、ダメなんですか? もう、妖精界へ通じる扉は閉じてしまうんですか?」
有紀乃先輩は、再会してから初めて声を立てて笑った。
もう会えなくなるのに、最後なのに、いや、最後だからこそ、久しぶりに見る有紀乃先輩の笑顔は、破壊的に美しかった。
「在人くんって、やっぱり面白いね」
「面白くないですよ! 今まで先輩以外の人にそんなこと言われたことないし。僕、本気で言ってるんですよ!」
「だって……ご、ごめん。笑いが止まんない。だってもう、賭けは終わったんだよ」
「そんな……せっかく先輩にまた会えたのに。もう二度と会えなくなるなんて嫌ですよ!」
有紀乃先輩は何度も深呼吸をして、なんとか笑うのをやめて、僕の方へ向き直った。
僕はごくりと喉を鳴らす。
さよなら、という言葉だけは聞きたくなかった。
先輩の唇は、ゆっくりと弧を描いてから、再び開いた。
「私と父との賭けはね、在人くんが記憶を消されたあとでも私の姿に気づくかどうか、だったんだよ。だからね、私の勝ち!」
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