第4章 -14

 無言で歩き続けること約二十分。僕は再び大学に戻ってきていた。

 レイちゃんは何も言わず、脇目も振らずに歩き続ける。

 ただ、レイちゃんの存在は確かに目の前にあって、それだけが僕を安心させた。

 レイちゃんは大学の構内を知っていたのだろうか。地図も何も見ずに迷うこともなく、学内のカフェにたどり着いた。

 禅先輩を時々見かけた場所だ。

「ここ、知ってるの?」

 少し息切れしながら僕が問いかけると、レイちゃんは振り向くことなくまっすぐ店を指差した。


「せ、先輩!」


 店の中では、禅先輩と瑛先輩がお茶を飲みながら手を振っていた。

 急いで店に入って禅先輩に駆け寄る。


「せ、先輩! 今までどうしてたんですか?」

「在人くん、まぁ落ち着いて。今、瑛が飲み物買ってくるからさ」

「お、落ち着いてなんかいられないですよ!」


 僕は控えめに言ったつもりだったけれど、思いのほか大声だったようで注目を集めてしまった。


「し〜! 在人くん、声が大きいよ!」

「す、すみません。だって、ずっと探してたのに、先輩に会えなかったから」


 我慢していたのに、涙がこぼれてしまった。余計に注目を浴びてしまったかもしれないけど、禅先輩は、今度は何も言わなかった。


「俺たち、ずっといたんだよ。ここに」

「ど、どういうことですか?」


 先輩は、今まで僕らが会えなかった理由を教えてくれた。

 妖精の女王は、女王をやめて人間に戻る前に、最後の魔法を使って人間たちの記憶を操作したのだそうだ。


 実は、御伽屋デパートは消えて無くなったわけではなく、新作発表会の記憶の方が消えただけだった。そのため、人間たちは辻褄を合わせるために自分で自分の記憶を変えるものらしい。


 ただ僕の記憶に関しては、有紀乃先輩や禅先輩たちの記憶も消えてしまったため、御伽屋デパートの存在もなかったことにしてしまったのだろう、ということだ。


「だからさ、在人くんが気づかなかっただけで、俺たちはずっと大学に通ってたんだよ」


 禅先輩と瑛先輩はもともと妖精ではなく人間で、僕からすると大昔妖精の森に捨てられたのだそうだ。それから二人で生きてきて、ずっと妖精界で生きてきた。

「俺たちは有紀乃に出会って初めて人間界のことを知ったんだ。女王が人間だったなんて驚いたよ。だから、人間から妖精界を取り戻すために戦うことにしたんだ」

「だけど、いざ仲間集めのために人間界へやってきたら、想像以上に楽しい場所だったのでござる。不覚でござるよ」

「やっぱりもともと人間だからさ、人間として生きていく方がいいのかな、とか思ってさ。せっかくだから大学も通い続けよう、って決めたんだよ」


「じゃ、じゃあ、僕に声を掛けてくれれば良かったじゃないですか!」


 禅先輩は瑛先輩と顔を見合わせる。


「それじゃあ、記憶を消した意味がなくなるじゃん?」

「確かに、そうですけど……」


 瑛先輩が「クフフ」と癖のある笑い方をする。久しぶりだ。


「在人くんは、やっぱり変でござるな。普通だったら、突然巻き込まれた事件のことなんて忘れたくなるはずなのに」

「瑛ってば、その喋り方がすっかり癖になってるなぁ」


 禅先輩が笑うと、瑛先輩は顔を真っ赤に染めた。


「お、お兄ちゃん! これは、演技なんだからぁ! べ、別に癖が抜けなくなってるわけじゃないでご……ないもん!」

「分かった分かった。それより、ちゃんと在人くんに話さなきゃね」


 レイちゃんはこのままでは話が進まないと思ったのか、瑛先輩を連れて席を外してくれた。


「あのさ、有紀乃は最後に賭けをしたんだ。本当は、妖精界と繋がる扉を全て閉じてしまおう、って王様は決めたんだ。女王のせいで妖精たちは人間に不信感を抱いてしまったからね。だけど有紀乃は、まだ人間を信じたい、って言ったんだよ」


 人間を信じる……


 有紀乃先輩は、人間のせいであんなに傷ついたのに。

 そうだ。僕は自分のことしか考えていなかったんだ。

 有紀乃先輩は妖精界のお姫さまで、妖精界を守らなきゃいけないんだから。

 僕なんかのことに構ってる場合じゃないんだから。

 だから、僕が会えなくなったのも、御伽屋の記憶が消えてしまったのも、当然のことだったんだ。


「禅先輩。賭けに負けちゃったのに、僕に会いに来てくれて、ありがとうございました。本当は思い出しちゃいけないのに、思い出させてくれて、挨拶しに来てくれたんですよね。最後に、有紀乃先輩にも会えたら良かったけど……妖精界で元気で暮らしているなら、僕はそれでいいです」


 本当は、今すぐにでも会いに行きたいけど。


「そっかぁ……在人くんは、諦めちゃうのか。どうする? 有紀乃」

「え? えぇ?!」


 振り返ると、有紀乃先輩が立っていた。

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