第4章 -11

 どういうこと? いったい、どういうことなんだ?



***



 大学へ行くと、知り合いに片っ端から声をかけた。


「ねぇねぇ! 有紀乃先輩のこと、覚えてるよね?」

「有紀乃先輩? 誰だっけ?」

「黒上有紀乃先輩だよ。黒くて長い髪の美人の先輩!」

「そんな人いたっけ? 美人なら、忘れるはずないけどな」

「じゃあさ、禅先輩は? 樫野禅先輩。金髪に近い色の髪で、お洒落な服を着て、ノリが良くてカッコいい先輩、いたよね?」

「う〜ん、知らないなぁ」


 同級生から、先輩、先生、事務の人に至るまで聞いてみたけれど、みんな同じような答えだった。


 僕は大学に入学してから今まで、夢を見ていたんだろうか。

 デパ地下の地下に続く扉どころか、デパートさえ存在しない。

 他の人たちは誰も僕の知っている先輩たちのことを知らない。

 僕しか知らない先輩たち。

 つまり、夢だったんだろうか。

 あんなに、リアルに感じていたのに?

 僕にとっては、今いる同級生たちよりも有紀乃先輩や禅先輩の方が、現実味があるのに?


 僕は大学をあとにし、再び御伽屋デパートがあったはずの場所へ向かった。



***



 御伽屋デパートの代わりに存在する、衣料品チェーン店の中に入ってみる。

 そこは、広さも間取りもまったく違うビルだった。

 衣料品チェーン店だから、もちろん地下の食料品売り場なんて存在しない。九階の展望レストランもない。それどころか建物は四階までしかなく、すべての階が衣料品売り場だった。扱っている服も、デパートのような高級品ではない。安い生地と安い縫製の使い捨てのような服だ。


 やっぱり違う。

 ここは御伽屋デパートじゃない。

 でも、念のため、働いている人の顔を一人一人確かめてみた。

 デパ地下以外の人の顔はあんまり覚えていないけれど、デパ地下にいた人の顔ならちゃんと覚えている。一階から四階まで、すべての階をチェックする。

 だけど、知っている顔を見つけることは出来なかった。


 僕は、混乱しながら街を歩いた。

 御伽屋デパートが存在しないということ以外は、昨日の世界となにも変わらない。

 僕だけがおかしな夢を見ているのだろうか。

 それとも世界が夢の中にあったのだろうか。

 大学に戻って勉強する気にもなれず、かといって家に帰る気にもなれず、僕は一日中街の中をさまよい歩き続けた。


 一日歩いて、夜になって、家に帰って。

 僕は、両親に訊ねてみた。


「御伽屋デパートって、もちろん知ってるよね?」


 両親は互いの顔を見合わせて、僕がおかしくなったかのように「もちろん」と答えた。


「もちろん、そんなデパートは知らない」


 と。



***



 やっぱり、僕の方がおかしいのか。

 これは現実の記憶じゃなく、夢での記憶だったのか。

 そりゃあそうさ、妖精なんているわけがない。

 だいたい、キレイな先輩に声を掛けられるなんていうところから間違ってる。

 どこのドラマの世界だよ。


 バカだなぁ、僕は。

 夢で見たことを本気にしちゃって。

 大学に入学出来て、浮かれていたんだろう。

 夢うつつで過ごしているせいで、変な妄想をしたんだろう。


 そろそろ現実に戻らなきゃ。

 もう、大学入学から二ヶ月以上も経っているんだから。

 そろそろ、真面目に勉強しなくちゃ。


 僕はもう妖精界のことなんか考えないことにした。

 しようとした。

 努力したんだ。

 でも。

 忘れることなんか出来なかった。



***



 大学の講義は休まず受けていた。

 多治見堂デパートでのアルバイトも、それなりに続けていた。

 叔父は、しつこく僕にエスコート係をやらせようとしたけれど、それだけはいつも逃げていた。

 父は、売り上げのことをあまり言わなくなっていた。

 親族がもめることもほとんどなかった。

 多治見堂デパートの経営難という話も、もともと僕の妄想だったのだろうか。

 それなら、なんで経済学部なんかに入ったんだろう。

 なんだか勉強に身が入らなくなっていた。


 いつのまにか時は過ぎ、御伽屋デパートで行われたはずの、新商品発表会から一ヶ月経っていた。

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