第4章 -8
御伽屋デパートの社長である女王が、多治見堂デパートの父を知っていても別段おかしくはない。
でも、単に知っているだけとは思えない様子だ。
「父を、ご存知なんですか?」
「父……そう、そうよね。多治見さんがこんなに若いはずないもの。私より年上なんだから。あなた、多治見社長の息子さんなの?」
「そうです、多治見在人です」
一瞬、名乗るのをためらった。
だって、ここは御伽屋デパート。
僕は一度、スパイの嫌疑で終われた身なのだから。
女王は僕に近づき、遠い昔を思い出すような目で僕を見つめた。
近くで見る女王は、さっきまでの狂気を孕んだような美しさではなく、落ち着いた、おそらく本来の穏やかな性格がにじみ出ているような優しい顔をしていた。
「多治見さんにとてもよく似ているのね。懐かしいわ」
「父のことをよく知っているんですね?」
「えぇ……」
女王の表情が、少し曇ったような気がした。
「ご両親はお元気?」
「はい。ただ、最近は多治見堂の売り上げがあまり良くないみたいで……」
馬鹿だな僕は。なんで女王、御伽屋の社長に内情を教えてしまったんだろう。
「そうなの。ライバルの元気がないと張り合いがないわね。お父様に伝えてちょうだい。私はいつでも挑戦を待っている、と」
「ライバル、なんですか?」
今や飛ぶ鳥を落とす勢いの御伽屋なのに?
「えぇ、そうよ。その様子じゃ知らないみたいね。まぁ、当然かしら。私が昔、あなたのお父様の恋人だったことなんて、息子のあなたに言うわけないものね」
「ええぇ?! それって……本当なんですか?」
「こんなこと、ウソついたって意味ないじゃない。私は若い頃、多治見堂で働いていたのよ。当時人気ナンバーワンの受付嬢として、ね。そして、あなたのお父様に見初められて婚約をしたの。だけど、婚約発表後すぐに破棄されたわ。あなたのお母様が現れたおかげでね」
女王の話によると、父は社内で婚約発表をしたあと母に一目惚れしてしまったらしい。
たしかに僕の母は、昔はさぞ美人だったのだろう、と偲ばせる顔立ちだ。でもそれだけだ。母だから、ということもあるかもしれないけど、今の母を見てキレイだとは全く思わない。むしろ、女王の方が重ねてきた努力による自信に満ち溢れているような、心の奥からにじみ出る美しさを持っていると思う。
女王の口からはさすがに詳しくは語られなかったけれど、大騒ぎの末に女王が身を引いて多治見堂も辞めたのだそうだ。そんな過去の確執もあって彼女は打倒多治見堂に燃え、御伽屋の売り上げを伸ばした。デパ地下の地下で妖精界への出入り口を見つけたのは、レイちゃんの父親に偶然出会った三年前よりも、ほんの一年ほど遡った頃のことだという。つまり、それまでの実績は全て彼女の実力によるものだ。すでに充分多治見堂を打ち負かしていたのに、なぜ妖精王の泉の水にまで手をつけてしまったのか。レイちゃんの父親も権力に憧れのし上がろうとしていたようだから、お互い利用しようと近づいたせいで間違った方向に進んでしまったのかも知れない。
僕の生まれる前から、すでに戦争は起こっていたのだ。一度は婚約までした女性を捨てるなんて、そんな父が経営する多治見堂が不振でも仕方がないのかもしれない。きっと父に、多治見堂に対する恨みを原動力にして、ずっと努力を重ねてきたのだろう。
「あの……こんなこと、僕が言うのもおかしいかもしれないですけど。あなたは確かに若々しくてキレイに見えます。でも、誰かを犠牲にして得た美しさは、本当の美しさなんでしょうか? それよりも、あなたが今まで自分で積み上げてきた努力と実績の方がよっぽど格好良いし、無理に若さを保つよりも僕はいいと思います」
くっくっく、と堪え切れずに女王が笑い出す。
「あ〜ははは、おかしいわ! おかしくて、笑っちゃうわよ。ほんともう、やってらんない。多治見さんの息子のあなたにキレイと言われるなんて、皮肉なものね」
そう言って隠しもせずに涙を流す女王は、お世辞ではなく本当にキレイだった。
涙に混じって、キラキラと光る欠片が女王の目からこぼれた。
なんだろう、あの欠片は。
僕を始め、有紀乃先輩も禅先輩も、レイちゃんも瑛先輩も、周りのオークたちも、みんなが不思議な欠片に注目していた。
涙と一緒に、あとからあとからあふれ出て、床に落ちた欠片はキラキラ輝きながらひとつの形を作り出した。
半分くらい形作られたあたりで、それがなんだか気づく。
「ガラスの靴!」
そう、シンデレラのガラスの靴だ。
シンデレラといえば、みんながレイちゃんのことをシンデレラと呼んでいるじゃないか。
「ガラスの靴は母の形見。代々ハイエルフの王家の血筋に受け継がれてきたものよ。きっと長い間のうちに、強い魔力を持ったのね」
レイちゃんがポツリと言う。
「その通り!」
鏡の精が大きな声で応えた。
「本来は幸福をもたらすはずのガラスの靴を、シンデレラ姫のお父上が割って呪いに変えたのですな!」
鏡の精が持つ『真実を映し出す鏡』には、レイちゃんの父親の姿がまだ映っていた。
彼は家宝であるはずのガラスの靴を割り、眠っている女王にふりかけていたのだ。
ガラスの欠片は呪いとなり、女王の体に浸透した。そのせいで、女王は欲にまみれてしまったのだろう。
「お父様……」
レイちゃんは悔しそうだ。
それはそうだろう。
一人ぼっちで、復讐することだけを生きがいにしていた。ある意味、女王さまよりも悲しい過去だ。しかも、復讐の相手は、本当はもう、どこにもいなかったのだから。
女王がレイちゃんに近づく。手には、本来の形を取り戻したガラスの靴を抱えていた。
「これは、あなたの物よ」
レイちゃんは、女王の手から乱暴にガラスの靴を奪い、そのまま床に投げつけようとして、思いとどまった。
***
「女王よ、あなたの眼は曇りがなくなった」
鏡の精である守衛さんが、女王に向き直った。
「女王、あなたは『真実を映し出す鏡』になにを望む? なにを裁くおつもりか?」
なるほど。周りを見ると、高ぶりを抑えきれないオークたちが女王の命令を今か今かと待っている。曇りのない眼があれば、有紀乃先輩に対する嫌疑を晴らすことが出来るだろう。そうすれば、始まってしまった裁判も終わりを迎え、オークたちも納得せざるをえないだろう。
「女王が鏡の精に命じます。鏡よ鏡、この世で一番美しい者が誰か答えよ!」
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