第4章 -6

 思わず飛び出して叫びたくなるのを必死にこらえる。

 きっと瑛先輩も同じ気持ちだろう。テーブルが少し動いていて危なっかしい。

 禅先輩だって本心から鎖を持っているわけでないことくらい、テーブルクロスの小さな穴からだって充分に伝わってくる。


 でも。

 でも……

 こんなの酷い。酷いよ。

 女王は人間のはずじゃないか。普通の人のはずじゃないか。


 だけど、今目の前にいる女王さまは、冷たく感情のない人形のような目をして、ただ美しいだけの微笑みを浮かべていた。

 歓声は鳴り止まず、それどころかますます大きくなってゆく。

 女王はその声を、自分への賞賛のように浴びて、さらに輝きを増してゆく。

 本当に、妖精の女王ように神々しい。でもその美しさは、とても恐ろしくも感じた。

 充分すぎるほど長いあいだ歓声が続いたあと、女王さまは再び口を開く。


「今宵の発表は、我ら妖精たちが地上を支配するため第一歩を踏み出した記念だ」

「女王さま!」

「女王さまバンザイ!」


 オークたちが声を上げる。

 地上を支配するって、いったいどういうことなんだろう。女王はいったいなにを考えているんだ?


「妖精王の泉の効果は、地下で販売していた特製ロールパンで証明された。ほんの少量であれだけ人間を魅了するのだ。今後はさらに泉の水の効果と希少性を煽り、数多くの愚かな人間たちを支配しようではないか!」


 泉の水で地上を支配?

 ベーカリー・グリムの特製ロールパンは、たしかに熱狂的な人気だ。だけど、それは美味しくて食べると元気が出るっていう、ただそれだけの効果じゃないか。


 最初はピンとこなかった。でもきっと、妖精王の泉の水はそのままの濃度で用いると劇的な効果を発揮するんだ。

 そういえば、有紀乃先輩は「妖精王の泉の水を飲めば自分の望む姿になれる」と言っていた。

 今この会場にいるオークたちも、以前森で見たような姿ではなく完全に人間だ。

 つまり、化粧水として使えば別人になれるほどの効果を発揮する、ということか。それならたしかにみんな欲しがりそうだ。それに妖精の魔力もある。うまく利用すれば、人の心を支配することも可能だろう。

 だけど、そんなことをして、女王にいったいなんの得があるのだろう。

 誰かに騙されているだけなんじゃないだろうか。

 僕はまだ、女王の中にあるはずの、人の心を信じていたかった。


「この素晴らしき記念の日、我らの栄光を阻もうと謀反を起こした王女を裁こうではないか!」


 女王の言葉に対して「わあぁ〜!」と大きな歓声がる。

 有紀乃先輩は鎖に繋がれながらも、まっすぐ女王を見つめていた。


「王女白雪よ、そなたは王への謀反を起こした。間違いないな?」


 有紀乃先輩に対しては「謀反!」だとか「裏切り者!」などと罵声が飛び、グラスや皿、酒瓶などが投げつけられた。それらは有紀乃先輩の体に当たり、割れて先輩の肌を傷つける。有紀乃先輩の白い肌に、赤い血が何ヶ所も滲んだ。


「私はなにもしていないわ。あなたが女王だって別にかまわなかった。ただ、妖精王の泉の水が枯れないようにして欲しいだけ。森を枯らさないで欲しいだけ。そうしなければ、いずれあなたも破滅するのよ。人間を支配するために泉の水を使うなんて間違ってる!」

「私を女王と認めながら私に意見するのは、謀反と同じこと。女王の意思、それすなわち王の意思である!」


 言葉にならない声が会場を埋め尽くす。

 とても数十人しかいないとは思えないほどの声量だ。


「女王!」

「バンザイ!」

「女王!!」

「バンザイ!!」

「女王!!!」

「バンザイ!!!」


 ものすごい熱気に、会場のガラスがビリビリと震えるほどだ。

 その熱気に応えるように、女王の声が高らかに響く。


「謀反に対する罰は処刑だ! 死をもってその罪を償え!」


 処刑? 処刑だって?

 妖精王の泉の水が枯れないようにして欲しいと願った、それだけで?!

 おかしいよ!

 妖精の国はそんなに野蛮なのか?

 地上よりも、この僕が住む日本よりも、美しくて穏やかなあの妖精界が?!

 おかしいよ!

 今こそこのテーブルの下から出て、有紀乃先輩を助けたい。

 早く行かなきゃ!

 そう思うのに、足が震えて動かない。

 情けない。そう思うのに……


「処刑!」

「処刑だ!」

「殺せ!」

「殺せ!!」

「殺せ!!!」


 オークたちの声はますます大きくなり、その声だけで気の弱い人間なら気を失いそうなほどだった。


「異議あり!!」


 重低音の歓声をねじ伏せるように澄んだ高い声が響いた。

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