第3章 -4
「あぁ~!!」
思わず叫んでしまった。
「もしかして、禅先輩の双子の妹さんですか?」
「ご名答! 樫野瑛かしのてるでござる」
「失礼しました! 全然気づかなくて」
とは言ってみたものの、気づけなくても仕方ないと思う。だって、禅先輩はこんな時代がかった話し方はしないんだから。全然似てないと思ったけれど、よく見ると眼鏡の奥に隠れた涼しげ目元は禅先輩に少し似ているかもしれない。
「いやいや、構わぬでござるよ。して、在人殿。貴殿は何用にてそのようなハイカラな格好で、このような場所にいるのであろうか。とても買い物を楽しんでいるようには見えぬのでござるが」
「そ、それは……」
どうしよう、僕がここで働いていることをどうやったらごまかせるんだろう。
「そういえば、在人殿は確か『多治見』という苗字でござったな。もしや『多治見堂デパート』と浅からぬ縁があるのでは?」
眼鏡の奥の細い目がさらに細くなる。
「それは……えぇと……あ! 禅先輩はお元気ですか?」
どうしよう、ごまかしきれそうにない。
「何かございましたか?」
少し手前で別れた叔父が、また戻って来た。
「いえ、エスカレーターの場所が分からなくて、教えてもらっていたのです」
あれ、瑛先輩。叔父の前では普通の言葉で喋ってるぞ。しかもエスカレーターの場所って……もしかして、結構前から僕のことを見ていた、とか?
瑛先輩の表情は読めない。けど、僕にかかった疑いは晴れていないだろう。
「それなら私が……」
叔父が言いかけたところで、なぜかデパートのBGMが急に大きくなった。さっきまではどんな曲かも分からない静かな音楽だったのに、今流れているのは有名な『ゴッドファーザー愛のテーマ』だ。
「すみません、彼に案内させますので」
僕を助けてくれるはずの叔父は、先にバックヤードへ入って行ってしまった。
そしてまた、僕は瑛先輩と二人きりだ。
「何やら雲行きが怪しくなったようでござるな」
「え? 雲行き? 雨ですか?」
御伽屋では『雨に唄えば』が流れたら手提げ袋にかけるビニールを用意する、と教わったけれど、それが多治見堂では『愛のテーマ』だってこと?
だとしたら、雨が降ったから叔父が急いで対処に行ったということ? 雨だけで?
「在人殿は勘が鋭くないのでござるなぁ。何事か由々しき事態が起こったのでござるよ」
「な、なんで分かるんですか?」
「店内放送は店ごとに違うゆえ、拙者もこの曲は初めて聞いたでござるが、先ほどの上役殿のご様子、相当慌てていたでござる」
確かに、雨くらいで叔父が慌てることはないだろう。
「恐らく万引でも起こったのではないかな」
「えぇ?! そんなことも分かるんですか?」
「これは単なる拙者の推測でござる。正解とは限らんでござるよ。ちなみに御伽屋では『川中様』を呼び出す放送がかかるのでござる」
「なんで『川中様』なんですか?」
「それは、その昔万引で捕まった人が『川中』という姓であった、など諸説あるでござるよ」
「へえぇ〜!」
瑛先輩は御伽屋で働いているだけあって、デパート業界の裏話に詳しいみたいだ。喋り方はちょっと変だけど。
「して、在人殿。拙者をエスカレーターまでエスコートしていただけないでござるか?」
「エスカレーター……もしかして、僕のこと結構見てました?」
「何のことでござるかな? 拙者は何も見てないでござる。在人殿が老婦人の手をとってエスコートしたところを見たかったでござるなぁ」
「み、見てたんじゃないですかぁ!」
改めて口に出されると、何だか恥ずかしいことをしたみたいで僕は顔が真っ赤になった。
「いやいや、何も見てないでござる〜! では、在人殿も多忙とお見受けするし、今日のところはご無礼つかまつる!」
最後まで時代劇のような口調のまま、瑛先輩は去って行った。
しばらく呆然としてしまったものの、今度こそバックヤードに入ることが出来た僕は、やっと安堵のため息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます