第2章 -7

 泣いたのは久しぶりだった。大学生にもなって情けない。そう思っても自分の不甲斐なさに涙が止まらなかった。

 デパ地下からの帰り道、出来るだけ人気のない道を選んだけれど、すれ違う人はみんな僕を見ているような気がした。実際見られていたんだろう。家について鏡を覗いたら目が真っ赤になっていたんだから。


 リビングでは幸か不幸か親戚一同が夜中まで多治見堂の経営について言い争っていて、僕が帰ったことには誰も気づいていないようだ。おかげで、追及からは逃れたものの、さっきまでの青空とは打って変わって真っ暗な部屋の中、眠って全部忘れてしまいたかったけれどうるさくて眠れやしない。でも起きていたってろくなことがない。考えれば考えるほど落ち込んでいくだけ。


 僕は非力だ。力はないし知識も経験もない。誰かの役に立とうなんて、驕りもいいところだ。

 現に両親の経営するデパートの経営が厳しくなっていても、どうすることも出来ない。


 だけど……


 出来ないからといって諦めているだけじゃ、戦争を止めることなんて出来ない。

 ひとたび戦争が起これば、人間界にだって影響がないわけがないだろう。


 だけど……


 じゃあ僕にどうしろって言うんだよ!

 妖精界の戦争なんてきっと他愛のないものだなんて甘く見て、女王様が人間なら説得出来るはずだなんて思ってがむしゃらに突っ走ってこのザマじゃないか。

 怖かった。死ぬかと思った。

 なのに、なんで今も有紀乃先輩に会いたいと思ってしまうんだろう。なんであのとき逃げるように帰ってきてしまったんだろう。

 なんで、さっき逃げてきたばかりのあの青い空を、懐かしく思ってしまうんだろう。


 やっぱり、もう一度あの場所に戻ろう。有紀乃先輩のいる、デパ地下のさらに地下の妖精界へ。


 意を決して立ち上がったとき、階下から誰かが階段を昇ってくる足音が聞こえた。 

 バンッ、と思い切り良く扉を開けたのは父だ。

 父は自分がこうだと決めたことは絶対に曲げない人だ。

 父はよく、昔は多治見堂デパートで一番モテて、当時一番人気の受付嬢だった母を手に入れた、と自慢していた。もちろん仕事もよく出来たらしい。父曰く。だったら時代の変化にも敏感に気づいて対して欲しかった、と僕は思わないでもないけれど、この自信にあふれた両親の前で口にしたことはない。一度試して後悔したからだ。


「在人! お前は明日からウチで働け!」


 大学があるから無理だと抵抗したものの、とにかく人手が足りないから手伝えと言われれば、それ以上断りようがない。攻防の末『毎週日曜日にアルバイトをする』という条件で手を打たれた。本当だったら御伽屋デパートに行くのを辞めるべきだろうけれど、妖精界へ行くためにもベーカリー・グリムの仕事は続けたかった。もちろん、親類一同には内緒だけれど。

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