第2章 -6
女王様が人間ならきっと話が通じるだろうと意気込んだものの、森の中を少し歩いただけで不安になってきた。僕は相手のことを勝手に日本人だと思っていたけれど、実は外国人だったりしないだろうか。僕は英語があんまり得意じゃない。英語どころか、別の外国語だったら完全にアウトだ。
最初は小走りに近い速さで進んでいたものの、すぐに歩くペースが落ちてきた。森の中はけもの道があるものの、歩きやすい街道は見当たらない。仕方なく歩くけもの道は、道が急に狭くなっていたり木の根が張り出していたり、トゲのある枝が生えていたりして、用心しながらでないと歩けないのだ。
鬱蒼とした木々の間から時折のぞくお城は、すぐ目の前にあるように見えるのに想像していたよりも遠く、早々に息切れした。立ち止まって休んでいると、近くから人の声が聞こえる。
なるべく音を立てないように声の方へ向かってゆくと、斜面の下にひらけた場所があり、大勢の人が集まっていた。距離は数百メートル離れているだろうか。
あれは、人?
いや違う。肌の色が浅黒く体がかなり大きい。二メートルくらいはあるんじゃないだろうか。あれはきっとオークだ。ゲームなんかで見たことがある。
茂みに隠れてそっと様子を見ていると、オークの隣には別の生き物がいた。灰色の大きな尻尾を生やした狼、いや二本足で歩く狼男だ。大きな牙と逞しい腕、そして長く伸びた爪とつり上がった目が鋭く光っている。何かオークに命令をしているようだ。
オークたちは斧を的に向かって投げていた。あれが当たったら、僕の頭なんて軽く真っ二つになりそうだ。
まずい。きっとこいつらは女王様の兵隊だ。
早くここから離れなきゃ。
そして有紀乃先輩に戦争なんかやめさせなくちゃ。
女王様は有紀乃先輩たちの動きをすでに掴んでいるんだ。本気で戦ったら、いくら僕より強くても小さなドワーフたちはひとたまりもないだろう。
とにかく早く先輩のところへ戻ろうと後ずさったとき、運悪く落ちていた枝を踏んでしまった。
「誰だ!!」
オークの恐ろしい声が響き渡る。
足がすくんだ僕は、その場で身をかがめるのが精一杯だった。
狼の鋭い視線に射抜かれた気がして、僕は息を飲む。
ダメだ。
このままじゃ、捕まってしまう。
妖精界の住人はみんな陽気で自由きままな存在だと勝手に思っていた。
だけど違う。
あの目は、恐ろしい魔物の目だ。
捕まったらどんな目に遭うのだろう。
捕まるどころかあの斧が飛んできたら……
茂み越しに睨まれ、目を閉じることも出来ずにいた僕は、見てしまった。
自分に向かって投げられた斧を。
低い音を立ててぐるぐると回りながら飛んでくるその様子は、スローモーションのように見えた。
動けない。
斧は正確に、まっすぐ僕に向かってくる。
もうダメだ。
悲鳴をあげそうになった瞬間、突然離れた茂みから派手な金属音が聞こえ、それと同時に僕の口は誰かによって塞がれ頭から押さえつけられた。
ドスン! と、土にめり込んだ斧は僕の腕よりも太い柄で、あまりの大きさに腰が抜けた。だが、落ち着く間もなく僕は手を掴まれ茂みから引きずられる。助けてくれたのはドワーフたちだった。
オークたちは大きな音の方へ向かって行ったが、ただ一人狼男だけは僕の方を見つめ続けているように感じた。あの目、どこかで見たような気もする。けど、どこで見たんだろう。それより、いつも素っ気ないドワーフたちが僕を助けてくれるなんて思わなかった。
「あ、あの! ありがとうございます!」
息を切らし走りながら、僕はドワーフにお礼を言った。
「まだだ、家に戻るまで油断するな! 喋る余裕があるならもっと速く走れ!!」
ドワーフが低い声で言い放つ。
背後ではオークたちと怒号が響いていた。
そうだ。僕がもたもたしていたら、陽動してくれたドワーフたちに迷惑がかかってしまう。
獣道をよろけながらも走って走って、僕らはなんとか有紀乃先輩の家まで戻ってきた。
「人間。お前は何も知らなすぎる。それに弱すぎる。そんな人間が理由もなく戦っても、ワシらの邪魔になるだけだ」
うずくまる僕に、ドワーフが言う。
言い分はもっともだ。有紀乃先輩のお役に立てるなら、などと思ってみたところで、戦争に加担する理由になるわけがない。ただの厄介者だ。
先輩はただ一言「大丈夫?」と聞いた。
僕は気まずすぎて有紀乃先輩の目を見ることも出来ず、そのまま地上へ戻った。
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